日田バス

PICT0473_R.jpg 中津江村、上津江村、前津江村。日田の大山側上流地方を「津江」というわけですが、この3村に共通した名産品に「わさび」「ゆずごしょう」があります。どちらも有名な辛味調味料ですね。
・・・あ、意外にゆずごしょうって、全国的にはマイナーなんだっけ。
唐辛子とゆずの皮と塩で作った調味料。鍋物に入れたり、刺身のわさび代わりにすると非常においしい。
特にこの辺まで行かないと入手できない、黄色ゆずごしょう。これは本当に凄絶に辛いのでお勧めです。

ネットで調べたり、ゲーム「クイズマジックアカデミー」の出題なんかでは「ゆずこしょう」になってるみたいですが、ゆずごしょうはゆずごしょうです。

・・・で、長々と脱線して、辛味バス停。
中津江のメインストリートに至るちょっと手前の幹線のバス停で、ここはさすがに本数も一日5~6往復と割と多いだけあって実に手入れが行き届いた、昔ながらのバス停。旧式看板も装備です。ぐうの音も出ないくらい生きたバス停です。
中津江の日田バスのバス停には、こういう健全な田舎さってのを感じる。

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日田バス

PICT0030_R.jpg 日田バスの壁シリーズも残りが少なくなってまいりました。まあ、しょうがないよね。

標柱の援軍がそこまでやってきてるのに、壁のものはそのまま晒し首で放置中。
下一ツ戸」「荒平」「出野」「星払」の出野線。ここの路線は真新しい標柱が他にも数箇所あり、3~4年前くらいに行ったらもっとあったんじゃ?といつも悔いてしまいます。

残念ながら写真はこれ一枚きり。このバス停も、いつまでもこのままかもしれません。

大分交通・大交北部バス,崩壊系,軒下吊り下げ


待合所型。
荒れ果てているというかなんというか。

トイレがあったのか、それをもう基礎段階から取り壊したのか。ともかくわからないが何もかも取っ払って作業倉庫風になっているものの、もはや何に使われてるかもわからない。

大分交通・大交北部バス,崩壊系,軒下吊り下げ


軒先型なのか、待合室型なのかわからないバス停がたまにある。

近寄って見てみると、家の離れを待合室風に改造していたり、公民館や格納庫の一角だったりすることが多い。
その建物自体が廃屋になっていたとしたら、こうなりそうなバス停。
これ、待合室として建てられてたとしたらちょっとでかすぎる。
建物の横の看板から察するに、農協倉庫か何かの一角の間借りバス停だったのかなあ?

内部は荒れてるんだけど、意外にも最近書かれた感じの中高生と思しき落書きがひどく、「使われてるんだなあ」と妙に実感。屋根はぼろぼろで、雨が降ったら凄く漏りそう。

日田バス

PICT0589_R.jpg 不思議なバス停。

たまーに、破壊されたようなバス停っていうのがあって。
8月くらいだったかなあ。朝方、自宅と実家との途中の西鉄のバス停に、自家用車が突っ込んでいた。もう、乗用車もむごいことになってたけれど、バス停も無残に大破。
夕方の所用を終えて帰宅途中そこを通ったら、バス停が新調されて何事もないようになっていた!!一緒に巻き添えを食っていた、植樹帯の木はなくなっていて、それだけがかろうじて事故があったことを証明していた。

・・・と、そんな出来事でもあったんだろうか?小屋をぶっ壊したかなんかした、不埒者が取り外して遊んだ・・・かなにかして・・・とにもかくにも標識行方不明。じゃあ小屋も標柱も新調しましょう、そのうち元の標識発見!!ありゃあこれどうしましょう、しょうがねえ電柱にでも掛けとくか?

何でしょうか、まあ真相はわかりませんが。
高塚地蔵のある盆地が見下ろせる場所でした。

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大分交通・大交北部バス,崩壊系,軒下吊り下げ


旧安心院町。
別府へと向かう大分交通線の途上で、安心院から別府の路線は亀の井バスという別会社の路線も存在する(経路は全く違う)。本数を見るとどうも、こちらが不利の様子。・・・とはいえ、亀の井が5~6往復、大分交通が2往復だけれど。

この日はあまりこれはというバス停が見つからず、足早に帰ろうと引き返したところで見つけた。
傾きかけの小さな小屋に、比較的新しい標識とわざわざ時刻表をしつらえ続けるこの労力!!ボクは敬意を表するッ!!

大分交通はこの「待合所+屋根ぶら下げ型」を発見するのが楽しい。さて、この小屋はあと何年使うつもりなんだろう?・・・そして、ここでバスを待つ人は不便して・・・と思いきや。周辺には民家は一つも見当たらず。