日田バス,軒下吊り下げ


皆様は漫画「魁!男塾」をご存知でしょうか。ジャンプ全盛期に出た超男臭いバトル物格闘漫画。
知ってたらわかる「と、虎丸ー!!」というセリフが出てしまった。

昔は後ろの空き地、集落か店だったのか。
九州レベルで名の知れた安産の神・高塚地蔵に行く道の途中だから、高速道路が通る前はこの道ももっと賑々しかったのかも。今は九州横断道のインターチェンジが高塚地蔵の直近に出来てしまって、この道も寂れてしまった。土産屋の跡のような廃墟が沿線にはそこかしこに。
ここもそんながらんとした空き地。バス停の反対側に道が分かれていて、山の上には本当の寅丸集落があります。

バス停だけが取り残されたようにぽつーんとあります。美しい待合室型のバス停だけど、なんか寂しい。

全但バス,終点,軒下吊り下げ


(※今回の写真は全て北ノ君撮影)
前回の「上院内小学校」と同じくなバス停。
大分と但馬、県民性が似ているのかもしれない。
北ノ君は優れたカメラマンだと思っている。
だからちゃんとこんなシャッターチャンスが舞い降りる。

ここをバスが通るのは一日3往復。ここは終点。
流石だなあ、と思う。

鄙びた待合所のあるバス停の風景、ってのは今の時代にとって憧憬であると同時に故郷の喪失の予感、それをひたひたと感じさせるのです。都会に住んでいてはもう戻れない場所。「青年部」という言葉は一度都会の隣人関係の無関心さに慣れてしまうと、恐怖になりえるものです。いや、悪いことだらけなわけでもないのだけれどね。

京都との県府境近くにあります。

一日3~5往復かあ、妥当かなあ。
とか地図と写真見てすぐ納得できてしまう自分もずいぶんおかしい気がします。
でも、本当にそんなもんですよ。

大分交通・大交北部バス,小屋型


小学校通学路線というのは過疎地では当然のごとく存在します。
子供たちの手で手入れされて、きれいなバス停になっているかわいいバス停。

この看板が気になっています。

ひょっとしたらこれ、現存する最古のバス停標識の様式かもしれない。
これは本当に限られた箇所でしか見つからない稀少なもの。
耶馬溪のほうにある「上伊福」で収集したもの。

ひょっとしたらだけど、一番最初はあの黒板状のものが「バス停標識」だったのかもしれない。
そう考えると、ひょっとしたら以前紹介した「東の前」、日本最古級のバス停施設である可能性もあるかも。

このバス停がある定別当線は、面白いことに日曜の夕方に一便バスが営業運行されて、終点定別当の駐車場にバスが泊まっていってました。月曜日の朝の始発のために。今はなくなったみたいです、残念。ここも折り返し不能な1往復になったか・・・。この先に前紹介した月の俣があります。岩肌ぎりぎりをかすめる凄い路線です。

全但バス,小屋型


(※今回の写真は全て撮影:北ノ君)
北ノ君とは長い付き合いの友人です。11年近く「お父さんのための芸能通クイズ」という大喜利サイトをやっていたときの、彼はそのお客さん。
あのサイトは再開をさせたいのだけれど、自分にとっては
「しまった、このアイディアは早すぎたSNSだったのではないか」
という忸怩たる思いが先立ってしまいます。技術的にはCGI止まりだし。で、プログラムを学べばいーじゃん、って話になるたびにリアルで最低な人格のプログラマに出会うんです。ぷろぐらむ・いず・のっと・ぎるてぃなのは分かってます。でも、これは宿命なんでしょう。

脱線が過ぎました。彼の写真、青がきれいです。

鉄道マニアには有名な旧余部鉄橋。一部、残されてるんですね。
彼の写真で知りました。
この隣の沢にあたる駅が「鎧」。珍名駅とも秘境駅としても有名な駅です。
でも、バス停も全然負けてない。

一時期は件の鉄橋のために不通区間になっていて、JRが代行バスを走らせていたそうです。
このときの代替バス停が立っていた事もあるようです。ポールが立ってたそうです。

でも今はそんな無粋なことはぜず、ちゃんと元の鞘の静かなバス停に。

バス停・駅ともども、港に広がる集落の上にあります。

餘部方向に戻るとこんな道の駅が。

・・・これは、顔ハメですか・・・。

西鉄バス・福岡市内,ポール型,小屋型

ロシアのバス停が凄いらしいです。
ソビエト時代に建てられたバス停を12年取材しまくったカナダの写真家さん。
http://herwigphoto.com/project/soviet-bus-stops/
ちょっとこれは凄すぎる。ソビエトというのは文化をこういう労働の日常の中に消費するのが美徳だったのかな。まあいくらなんでもジマオ財閥にはお金がなくシベリアの荒野を走るまでの金も体力も自信がないのですが、丁度近所に木造小屋のあったバス停が道路拡張で新調されていた事を思い出して行ってきてみました。

そういや路線的には、山の上に住む小中学生たちがリアルで使ってるバス停です。


このバス停を境にして西鉄バスは不採算ということで廃止の意向を出したのですが、市が肩代わりをしたお陰で「筑紫野バス」という名前で存続することにして、上下で会社の名前が違います。
 
こちらは西鉄のほう。ここは折り返し場であり、木造の大きな待合室がありました。本数多いのに狭隘路線でも知られてました。個人的には「よく立ち退いてくれたなあ」と思うくらい集落のまんまんなかを通る道路の反対側。


この機能美!!

デザイン性!!

バス待ちをするとこんな感じ。見えやすい!暗い夜も安心の蛍光灯完備。
 
道路拡張をするとたまーに、家も建てられないような小さな敷地が生まれます。
よく見ると田んぼのあぜの境界、そんな感じできっとここはそういう三角地になっていたのではと。上手く利用したものですし、このデザインもよく作ってるなーと感心するのであります。

「これはかわいい」
本気で思いました。そりゃ何年もバス停ばっか見てたらそうなりますとも、ええ。

全但バス,小屋型,軒下吊り下げ

そもそもの始まりは、何かと「バス停」で画像検索したところからだったと思います。

http://www.hyogonet.com/bus/rt/nandoku/nandoku08.html

兵庫県の難読地名バス停を集めたものだったのですが、もうこれ「一品」どう見ても柱にくくりつけられたものにしか見えません。早速グーグルマップで調べてみて、本当にそのものだったのです。ってか大分県と全く同じ流儀。

(※写真はグーグルマップです)

で、周辺のバス停を調べるとあるわあるわ。全但バスというバス事業者のバス停が、大分県と全く同じ軒下系・待合室系のバス停の宝庫と判明したわけです。
そして大阪の友人が、先日彼女同伴で太宰府にやってきました。旅行が趣味で遊びに来たというわけです。友人のほうだけうちで一泊、つもる昔話。でここのバス停の話をしたら「写真撮ってきまひょか」と…。

一泊一飯の恩義で撮っていただいた全但バスのバス停数、実に30か40以上!いやまだ数えてない!

そんなわけで早速かからせていただきます。一個目はやはりエースを出さなきゃいけません。驚愕のエースです。

(※写真はグーグルマップです)
子午線が通っている場所にあるバス停です。
軒下型のバス停の先に空き地が見えますが、そこに昔子午線のモニュメントがあったそうです。この道、旧道。モニュメントは新道に移ってしまったけど、バス路線だけは新道に移らず旧道を走ります。故に軒下に子午線前。
実にシュールです。
 でも話はそこで終わりません。撮ってきて貰った北ノくんからこんな返事が返ってきました。

「子午線前、軒下じゃなくなってました…」
えー!!じゃあ、立っちゃったのかな(※このブログ独自の表現)。

(※撮影:北ノ君、2015年9月末)

…ごめん、ちょっと待って。
この平成の時代に?
昔の形式の木造待合所が出来て。
丁度子午線のジャストの場所に。

 全但バス、恐るべし!!!!!!

堀川バス,古バス停

知人から全但バスの写真が大量に届きました。あまりに凄いので更新速度をちょっと上げようと思っています。

思えばずーっとバス停写真を撮ってます。
当たり前ですが廃止された路線も沢山あります。
だいたい一貫してケータイで撮っています。

八女の堀川バスターミナルから出ていたと思います。それとも久留米かな?いや、広川の役場からだったかも。どっちだったかなあ、小椎尾線。

昔のケータイの画素なので、申し訳ない。でも当時は結構いい値したケータイだったんですよ。
貴重な路線表なんです。荒木を通って久留米に行く路線が載ってます。もう、運転手さん覚え切れるのかってくらい何度も狭隘な里道を曲がりくねるような壮絶な路線でした。

ちょっと上流に川の合流点があります。おそらく洪水が起きたらきっと鬼のように溢れることがある、というちょっとした警告でつけられたんじゃないかなあ。

隣が「神社前」なのに神社のそばという。

一応当時の終点小椎尾見たさにここに行ったのですが、このバス停が一番印象に残ってます。

ちょっと前に起きた八女の大水害の時、大丈夫だったのか心配です。
撮影したのは・・・多分8年前くらい?

西鉄バス・福岡市内,ポール型

日本語ワープロを作るというプロジェクトは大変だったそうです。
何せ文字数が桁違い。
一番のネックになったのは、同じでも発音で全く違う意味になる「同音異義」語が山のようにあること。だから入力した時まずひらがなやローマ字の「発音」をキーボードで入力させて、そこから「変換」をさせる。この発明に苦労したと、先人は語っていたのを覚えています。
果てしない山を登るような気持ちだったと思いますよ。そしてその言語数は山のようにありますし。しかしユーザビリティを優先してこの山を登りきった結果、日本語ワープロは完成を見たわけです。
そしてその変換機能はどんどん進化を遂げていきます。

さてこないだの「上臼井」。考えてみたら「上臼井バス停で待ち合わせね」と変換しようとしたら
「髪薄いバス停で待ち合わせね」
と変換されて初めて気づいた、と推察されるのは想像に難くないわけで。

上臼井から行けるバスの一つ、43番は月隈という方向に行きます。「つきぐま」と読みます。

その次のバス停はその上流。
当然、「上」がつきます。

・・・

みなさんも「かみつきぐま」とローマ字で打ってみてください。
高い確率で現れます。

「噛み付き熊」!!

珍名系のバス停を集めているマニアには有名な案件。
しかしこれ、ワープロソフトが普及しなかったら絶対誰も思いつかなかったと思う。

写真撮り行った時、反対側のバス停には人待ちがいました(ので撮らなかった)。女子中学生が二人はしゃいでおりました。こんな危険なバス停なのに・・・!食われちまうぞ!!早く逃げろ!!

西鉄バス・福岡市内,ポール型

このブログ、およびバス停トークはあまり「珍名系」「難読系」はやりません。
何故かって、「面白い」というハードルは個人によって違います。
うちの近所に「いきいき情報センター」ってバス停あるんですが、それを笑える珍名のカテゴリとして紹介している方がいた。
ぼくはその面白さがわかりません。なぜなら「ああ、いかにもハコモノ行政で付けた施設の名前っぽいなあ」っていうのが先に立つから。そんなもの日本じゅうにいくらでもあるんです。その中でも笑える、ってんなら話は別だけど、これは全然突き抜けてない。

また無知というのも加わります。「太閤水」ってバス停があるんだけど、変な名前ですよね。これは珍名の部類なんですけど、このバス停の名前の「閤」の字を「閣」と勘違いして「変だ、変だ」と紹介してる人がいた。
由来は豊臣秀吉が朝鮮征伐の行軍の際に井戸を掘ったあとがぽつぽつとあって、「太閤水」なわけです。「閣」の字にしてはしゃいでいてはこれは己の学術的素養の貧困さをさらしているようなものになってしまう。
難読系のバス停で飯塚市に「目尾」というのがあります。「しゃかのお」と読むのですが、これの由来をちょんびん氏が見事に解説していて、ああなるほどと。解説はリンクをご覧になっていただけたらと思います。だからそのハードルが物凄く低く、誰にでもわかるものだけならなんとか扱えるなあと。

曇天模様の福岡空港そば。
もし全国の薄毛でお困りで、しかも職場で
「きみ髪薄いなぁ~!俺んちは遺伝でどっちかっていうと白髪でさぁ~!後ろから来るんじゃないのぉ~?」
とか笑いに変えたいのか本気で侮辱してるのかわからないいじられ方をしている全国のアナタ!
そう、私も猫っ毛で叔父に一人向こう側に行ってしまった人が居るからわかります。

「お前がハゲろ!!!!!」

そんな呪いの念を抱いた方、沢山居たでしょう。
あなた方にこの画像を送ります。是非その呪いの念パワーを込めて、あくまで表面上は自虐ネタを装い贈ってあげてください。

さあ!!

前嫁も今嫁も散髪から帰ってくるたびにため息をつかれてもう何年たったでしょうか。
何となくまだ髪がある感じがするから大丈夫です!!

このバス停、珍名系では有名でやっぱり福岡空港そばという立地のよさもあるんでしょうかね。その道の人にはとても全国的に知られています。
福岡空港の地下鉄駅からの乗り換え通勤通学客が多く、結構にぎわってます。空港がそういうハブになるのは珍しいのでは?他地方だとこんなに街に近い空港なんてないからね。