伊予鉄バス,発見難易度高,古バス停

森林組合の謎

柳井の次だった。
鬱蒼とした森の雪道を慎重に下ると、デカい建物が現れて…


次のバス停は「森林組合前」なんで、ここがそうかと思ったそのそばに

さりげなく置かれた棒と時刻表。
目立たないけれど、ここは隣に比べたらバス停と視認できるか?

かつて時刻表を貼るために設置されたであろう鉄板はサビサビで、時刻表もそこに貼ることを諦められている。

森林組合かと思った裏の建物は、側溝のようなコンクリート部品を作る工場のようだ。
この付近にはこの建物以外に森林組合ぽいものはなく、では久万高原の森林組合はというと町の方に事務所が、この道路を通らない新道の方に事業所が移転している。
この工場の操業は会社HPを参照にすると1992年。

近くにある「峠御堂トンネル」の開通でこの道は「旧道」のようなので、ここは時間を止めてしまったよう。
おかげでこんな趣深いバス停が残ってると言えよう…。

※大変申し訳ありませんがしばらく「音楽制作モード」に突入するので更新休みます。
バス停のストック自体は今のところあと100記事ぶんくらいありますので、再開までお待ちいただければと思っております…。

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伊予鉄バス,小屋型

この日出会った唯一の小屋+板バス停

愛媛のバス停を巡った日は、久万高原町の河之内線・上直瀬線・富重線、東温市の松瀬川線に絞った。
天候不良を理由に面河方面は断念、海上線はフェリー時間までに鯛飯を食うため最初から除外。
割と時間とも戦いながら廻っていた。


一ノ谷を出て、次に出会ったのがここ。

小屋型だ!!
この日廻った路線唯一の小屋+バス停板のものであった。

なかなかよい風情のくたびれ切った木造トタン小屋。

横にあるのは

お地蔵さま。

学校前(直瀬小)とある。
伊予鉄久万エリアには合計3つ「学校前」バス停が存在していて、バス便によってはここを含めた2軒の「学校前」を通ることになっているらしい。
なんとややこしいんだ…。

久万エリアにはもう一軒廃止になった「学校前」も存在していて、古いストリートビューでも見れる。
4軒もあるのなら、小学校の名前を付ければよいと思うのだが…。

学校はちょっと離れていた。学校前というよりは、学校へと続く里道の入り口みたいな趣。

ところで帰宅して、伊予鉄の路線表を改めて確認していたら。
手前の一ノ谷と学校前の間に「大寄橋」というバス停があったことが発覚。
ストリートビューで確認してみたら、初見でとてもわかるものではなかった。
これはできることなら再訪しなきゃだな…。

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伊予鉄バス,棒型,地面型

路傍の石のような趣の足元系バス停

久万高原町の山間部線、何便かがトンネル開通前の旧道を走っており、ここはその(割と)狭隘路上に位置している。
来訪したのは朝8時過ぎ。朝の通学便の出払った後で、往路にはそれらしき轍が雪に残っていた。


ここも事前情報がなければバス停なぞ、どこにあるかわからないだろう。

これ。

高知の棒バス停のような、白いペンキ跡のある木の棒に括られたバス停。
一ノ谷と同様。それともバス停板が掲げられていた上田のようなタイプの残骸なのかはわからない。

左はごみ収集のお知らせ看板。よく見ないと勘違いしてしまいそうだ。

妻(※のお気に入りの恐竜)と記念写真。
ここはこの日二つ目の伊予鉄バス停だったのだが、早くもボルテージはMAXに達していた…。

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伊予鉄バス,古バス停

全国的に局地的にしか見られない棒バス停…っぽい何か

最初にスケジュール立てをしたとき、フェリーの時間を2時間遅らせて高知の梼原に行けないか考えていた。
高知県に行くと棒のバス停がたくさん立っている。
興味深いので、1~2か所くらいでも撮っておけたらと思っていたが


久万高原でこのありさま、さらに奥に行ったらどうなるんだと断念。

このバス停は…

棒なのか、ポールなのか。
見てくれは高知のそれに似ている。

一ノ谷バス停、かつてはここから分岐路線があった。
杣野前組までの杣野線という路線。
これは2014年に廃止になっており、地元の有志の情報を整理すると「バス停は宝探しのようであった」という。

途中バス停・西浦(2012年のストリートビューより)。
時刻表のみが画面中央の草むらにうずもれていたらしい。
終点には小さな車庫があったとかで、今も残っているんだろうか?
この日はこの悪天候だし、流石にそこまでは行かなかった。

杣野側から来た標識。
ワシらはこの後直瀬へ…

農地はあるが家は見つからない一角。
杣野方面の集落に向かっても歩いて2~30分以上かかりそうな場所にひっそり立っている。
使う人いるのか、みたいな言葉は野暮かな。

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伊予鉄バス,民家型

「この辺のどこかにバス停がある」と言われても

音田口」「坂口」で度肝を抜き続ける松瀬川線。まだまだ控えがいるから驚きだ。
グーグルのストリートビュー予習で、10分くらいかかって発見したバス停。
と妻に告げた。そんな大げさな、という答えが返ってきた。


この道よ、道。

バス停があるのはこういう路肩の余裕のあるところが多い。
ので、この一角は怪しい。

のだが見つからず…

いや、この反対目線から見たら見つかるか?

いやもう一回反対向いて

やや!?

あー!!

この「伊予鉄バス時刻表」の看板はたいそう古い形式だそうで、現役のものはここ含め2~3か所しか無いとのこと。
かつてはバス停板も並んで貼り付けてあったそうだが、行ったときは存在していなかった。
誇張じゃなく10分かかったストビュー予習のおかげでスムーズに写真撮って終わったけれど。
事前情報なしで行っていたら全然見つからずにうろついちゃって、不審者扱いで通報されていたかもしれんなあ…。

まあ、この景色を見てバス停と分かったらすごいと思うよ…

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この辺から探してみると苦労がわかる位置にしておきました。

伊予鉄バス,珍名,バス車庫,電柱,発見難易度高,ポール型,古バス停,地面型,壁型,小屋型

伊予鉄立岩線のバス停たち

愛媛のライブオファーがあったらなあとほぞをかんだ2021年3月。
この日廃止になった北条市の立岩線、そのバス停群はバラエティーに富んでいた。

このうち、ポール以外のものをストリートビューで確認していく。
※才の原~小山田に関しては別系統(難波経由)としてのちに取り挙げようと思っています。

北条小学校前


電柱。以前のストリートビューに切り替えると、解体された建物にバス停板が掛かっているのがわかる。ベンチもあったようだ。

中西


建屋の基礎近くに路上置き。2012年ストビューでも商店風の建物の下に直置きになっている。

正岡小学校前


民家(商店風)に板張り。

神田


商店の軒先床に直置き。

記念碑前


小屋型、バス停名板はなし。小ぶりのトタン小屋。

湯山


小屋型、バス停名板はなし。トタン小屋。

農協前


見落としそうな道路はじのサビサビの古ポールに、無理やりお知らせや時刻表が貼ってある。

立岩支所前


民家にバス停板。ベンチあり。農協前から旧道の狭隘路を走る。

立岩


ソーラー架台兼駐車場の支柱に貼りつけ。2012年時は小さい木造の駐車場小屋の支柱にくっついていた。

大遊寺


民家の擁壁下の車庫用スペース然とした場所に、時刻表がパイプ椅子の上に置かれているのが確認できる。2012年も同様。
分類するならパイプ椅子型?

中村


CB製の背の低い待合小屋。名板なし。

宮裏


2車線県道を一旦逸れた先、神社の裏にひっそりとサビサビのポールが。

小儀式


カーブの奥、桜並木のそば。サビサビのポール。

儀式


狭隘路沿いの廃商店の軒下にバス停板。キリスト看板や廃材など散乱。

宝入橋


新しめのログハウス風の小屋が立つ。名板なし。登山口。

庄府下


小さめのCB製小屋+バス停板。

庄府


終点にふさわしいバス車庫+バス停板。かつてはここより先の峠越え路線も走っていたとか。

伊予鉄バス,崩壊系,民家型

「この辺にバス停があるはず」

伊予鉄のバス停は「探せばおおむねちゃんとある」ことがわかったので、グーグルの位置情報を頼りに付近を探索。


ここも難易度高かった…。
現存する伊予鉄バスの発見難易度の高いバス停でも1~2を争う。

とはいえ、こちらもエキスパートなんである。

「民家の壁にさりげなくあるパターンなら、時刻表然としたものを探せばよい」
すかさず視認。

どうやらこれがバス停のようだ。

久万高原町、久万から伸びる伊予鉄バス路線のうち、西の方に伸びる唯一の路線が富重線。

2014年のストリートビューを見ると、この民家の玄関にバス停板が設置されているのがわかる。
事情を察するところはあるが、まあ板が撤去されるような何かがあったのだろう。

バス停は奥が深い。
バス停名の書かれた時刻がそこに貼ってあれば、そこは社会通念的にバス停という場なのだろう。
その場の概念とは果てしなく曖昧で…。

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伊予鉄バス,民家型

ささやかな屋根付きバス停

この日はこんなものだけど、久万高原町にはスキー場があるほどだそうで、四国にしてはそこそこ雪が積もることがあるらしい。


標高1000メートルの山々に囲まれたらそりゃ冷える。

沿線の建物の一角にバス停はひっそりと存在する。

何と三角屋根付き!!
ささやかな待合スペースもある。

かわいい屋根が付いた板バス停、見かけたのはここだけだった。
木は劣化が早いものだし、どこもこんな工夫をしていれば…いや、とっとと金属製やらのポールに置き換えてしまうのか。
確かにそれが一番手っ取り早いか。

農協前の隣。なので時刻表の内容はほぼ同じ。

上直瀬方面を臨む。

ささやかなバス停、ささやかな工夫、そんな景色だった。
それは一瞬で見過ごされるだけの風景に過ぎないのかもしれないけれど…。

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伊予鉄バス,民家型

農協の自販機で一服して

慎重な道中になった冬の探索旅、だいぶ日が昇ってきた。
この日は滅法寒くて車内の温度計は常にマイナス1度くらいを記録。
丁度自販機があってそこで一服がてら…

目の前の民家にオレンジ色のアレが見える。

軒下に貼られたバス停板。
バス停名はシンプルに農協前となかなか力強いが、今目の前にあるのは農協の出張所。
経験則で言えば、農協前はバス停率がクソ高い。そのまま「農協前」になるかどうかは別のところで。

バスは3.5往復。
かつてはほかに1路線があったそうだが…

横に下がってるのは住民の持ち物だろうか…。

終点の上直瀬まで、ここからまだまだ登っていく。

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伊予鉄バス,地面型,崩壊系

このサイト的には「横綱」なんである

同乗していた嫁に
「次のバス停はなかなか見つからないよ…」
と告げた。グーグルストリートビューで一応「発見」はしていたが、確証なんてなく現地に行くしかないと思ってた。

うん、明らかに手ごわい。
バス停がそこにあるとは到底思えないが、

グーグルマップはここにバス停あるよと示してくるのだ。

道路沿いの更地は宅地の痕跡なのか?

一軒だけある斜面上の民家への階段。
事前調査でおそらくそれと確信したブツを確認する。
トタンの物置のそばを凝視すると見えてくる。

やはり…
これはバス停板!!

ひっくり返してみたら大当たり!!

もはやバス停名など判別不可能!!
周囲に時刻表やお知らせの類は、何も見つからなかった。
伊予鉄バスの公式サイト、路線表にもこのバス停は明記されている。
そもそもこの付近はフリー乗降区域だそうで、バス停見つからなくてもバスに向かって手を挙げれば乗り降りできるとか。
丁重に、バス停板の原状回復をして現地を後にする。

個人的には、大分交通の樋桶山線以来の衝撃。
どういう経緯でこうなったかはわからないのだが、これは極上の現代アートではなかろうか?
この板切れが置かれていることがこの場の「バス停」としての社会的価値をかろうじて維持しているし、この状況になっていることはおそらく複雑かつ奇跡的な経緯にある。この状況を壊してしまうのは恐ろしいなあ。
果てしなく美しいと思った。

狭隘度も相まって、ここは乗りバスで行ったらもっと興奮したろうなあと。

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