奈良交通,軒下吊り下げ

軒下バス停の本場は多分奈良

以前全但バスの写真を撮っていただいた北ノさんから、結構な数のバス停の画像を頂きました。
奈良、新潟、岡山などの画像を頂き感動しています。
自分ももっといろんなところに行かねば…。四国も行きたいし、北陸も行ってみたい。
まず最初に行きたいのは全但の兵庫と…何はなくとも奈良です。

ナニコレ珍百景って超有名な番組がありまして、奈良の軒下バス停が紹介されたことがあります。

民家とバス停が合体した光景を発見!!
民家の軒先にはバス停留所を示す標識がかけられ、
壁にはバスの時刻表と路線図が貼られている…。
かなり昔からあるという、この合体したバス停、
村の人口が少ないため、バス停と民家をセットにするのが
当たり前だったために生まれた光景なのでは…と考えられる。
ちなみに、今ではバスを利用する人が少なくなったため、
バス停以外でも、手を挙げればバスに乗り降りできる
自由乗降のシステムをとっているそう。
ナニコレ珍百景公式サイトより

そうです!現在進行形で軒下バス停が息づいているのは、多分奈良県が一番では?
ポスト、公衆電話、お店。その軒下にバス停。

場所は奈良盆地の南端からちょっと山に入ったあたりか。

軒下バス停の原体験

この固定記事の中でまえがき的に書きましたが、大分の「湯坪」という場所で軒下バス停に遭遇したのが最初です。
その20年後に訪れた時にあった湯坪バス停は

当時遊んでた小学校グランドの中に待合室ごと移設されていて、軒下にバス停を下げていた商店には木戸が下ろされていました。

右の建物ですね。よくお菓子を買っていました。福岡の町でちょっと前に販売が無くなったガムが置いてあって、毎日物珍しさに買って食べてたの思い出します。道路より土間が下のほうにあって、記憶と合致している…。

このバス停の写真貰った時、その時の記憶がふわっと蘇ったんですよ。
住人たちがそこを行き交ってて。たまにバスが止まって。
この小さな集落だと、本当にここが町の表札みたいなものなんだなって。

なおこの路線(奈良交通22系統…でよいのだろうか)、前後ずっと軒下バス停らしくグーグルマップ見て驚愕中。
一遍行こう、絶対。

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日田バス,壁型,崩壊系,民家型

川原バス停、大地に立つ

前回の続き。

2017年は車で来訪できず入美のバス停と2択になり。2018年は大きなライフイベントがいくつかあって結局行けず。
2019年の4月に向かいました。

立ってる!!

まずこれに驚き。いや、わかりにくいなら最初からやれという話です。
…ということは…

ああー!!

ついに

あの建物が!!

なんというかですね、こういうバス停に限らず昭和の遺産みたいなものって、無理やりにでも存続ってのはないと思っています。
いつか儚く消えるからこそ、愛でる価値があるものだと。
消えた時まで看取ることができた事が幸福だと思っています。

改めて思う、最初に見つけた時のインパクトなあ…。

2020年4月30日をもって日田バスとしての運行は終了しました

ご存じの通りコロナ騒動のおかげで、その最期を看取ることはかないませんでしたが。
4月の廃止の件は事前に新聞記事等で告知されており(記事では当初3月末の予定だったようである)、緊急事態宣言前に写真を撮りに行きました。

全体像。

例の建物のあったあたり。

最期の時刻表。

このバス停と付き合って気づけば15年。
毎回友人を連れて行って驚かれたり、地元の人に説明して「そんなに珍しいですかね?」と苦笑されたり。
思えば最初に撮影許可を頂いた木工所のおじさん、今も元気にしてらっしゃるだろうか?

とりあえず川原バス停の話はこれで完結です。今はデマンドバスが運行されるということで、また違った形のバス停になっているのかもしれない。
それを確かめにまた遊びに行こうかな。
大山の道の駅で鮎うるかでも買いに行くついでにでもね!!

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太宰府市コミュニティ・まほろば号,壁型,終点

市民センター駐車場の一角にひそむオーラ0バス停


これはここ数年出始めている話なんですが、せっかく自治体がコミュニティバスを作ったのにもかかわらず不採算で廃止になってます。
廃止された路線を継いだもの、要望で新しく作ったもの、様々ですが廃止の理由は大抵
「走らせてるけど乗らない」
なもので…。

前住んでたとこのコミュバス「マミーズまほろば号」(旧名)のバス停です。マミーズ撤退しちゃって空きテナントになってたけどね!
今は「東観世地域線」。高低差がある地域なのでその買い物用に作られた路線です。

この一角、バス停だというのを地元民もほとんど自覚してない。


いきいき情報センターは、太宰府市の市民センターですね。
後は西鉄五条駅です。
他にも西鉄ストア、駅前商店街、病院多数。

このバス停は引っ越して客観的にみている今
「え?こんなとこがバス停だったの!?」
感があるんだけど、日常にこれがある生活を送っていると
「もうちょっと目立つようにしないとなんだかなー」
だったんですよね、実際。

乗って残そう東観世地域線

こないだちょっと所用で太宰府市役所行ってきまして、ここもちょこっと寄ったんですが
「乗って残そう!」
みたいなフレーズを見て寂しくなりました。そうか、乗ってないのかあ。
いや、このバスが向かう東観世地区はめっちゃ坂の上にあるし高齢住人も多いので、残ってほしいんですけどね。

バス停とは全く関係ないんですが、このバス停の近くにはこんな耳鼻科があります…
引っ越す前は行ってました。いたって普通の耳鼻科です。

この耳鼻科もそうなんですが、日常目にしていてそのフォルムに慣れてしまっていると
「あー、このバス停めっちゃ目立たないよねー。この形が悪いんじゃない?」
とか普通に考えていた気がするんですが、遠くにあってしまうと
「あのバス停わかりにく過ぎて逆に面白い!!」
ってなるという。今更気付かされました、うむ。

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日田バス,壁型,崩壊系,民家型

こんなところに先生が!?

前回の続き。
そりゃもう、発見した日は凄くテンション上がりましたよ。
そもそもこのバス停を探すとき、誰もが

このあたりを探すでしょうよ!!道路はバスの退避場所っぽい形状だし家の近くだし、ごみ置き場あるし!!
実際そのごみ置き場に貼られてないか調べましたもん!!

このバス通り沿いに山を登っていくと、この川原の集落が見えた瞬間って

この建物が目に映るんですね。

やっぱインパクト抜群だよな!!

なんか、その日は
「いやあ、まさかあの建物にバス停貼られてたら笑えるよな」
ぐらいの気持ちでそっと覗いてみたんですよね…。

「わあいた!!」って感じで。

発見してすぐに勇んで記事を書いたの覚えてます。
川原(大分県日田市)
この日はほかにも小坪尻下久木野を発見していたりします。豊作の日でした。

災害のたびに思う「あの建物大丈夫!?」

このバス停、ずっと定点観測に出かけておりました。
日田に友達をエスコートして見せに伺ったり。
何となく日田に遊びに行くと立ち寄ったり。

友人と訪れた時。

 
2015年に訪れたときの記事。

日田、ないし北部九州は災害の多い土地です。
豪雨災害は幾度となく起き、近隣の鉄道は寸断され。
台風被害もありました。
極めつけは熊本地震でしょう。日田市自身熊本県と接しており、震度5を観測した地域もあります。
そのたびに思う訳です。

ああ、あの建物無事かなあ、と…。

2016年の転機

2016年はその熊本地震の起きた年。


熊本地震直前に訪れたとき、バス路線の県道が工事で通行止めになっていました。
防災対策のない斜面を大規模に回収する工事のさなか。
詳しくはその個別記事で書いています。

日田市前津江町での観測された震度は5強。
果たしてあの建物は無事だったのだろうか。

…しかし個人的事情で再訪するのは2年後になってしまいます。
こればっかしは申し訳ない。色々あったんや!!色々!!

果たして川原バス停の運命は?次回に続く!!

西鉄バス・大牟田,壁型,終点

世界遺産認定とともに爆誕したニューカマー

世界遺産、万田坑。(コチラ

 
去年の6月くらい。嫁と何の気なしに大牟田に遊びに行ったとき万田坑ステーションができてるのを発見。
そういや昔は線路跡とか施設跡とかあったよね~、というくらいの感覚で。
あとついでにトイレ寄ってジュース買ってくか、という気分で駐車場にインしたら。

ん、あれ?


これってそういうバス停よね?


だよね!!

万田坑までバスが来てるの初めて知った件

時刻表を見ると完全に観光客を想定したバス停。

土日祝のみの運行になってます。いや観光客でも知ってる人はいるんだろうか。
観光に来た人が知っているんだろうか。バス停に気づくだろうか。


こういう出会いがあるとは思いもよらず。
西鉄バスもこれからこういうバス停が増えていくかもしれんですね。
三条台口やらやらの例もあるし!!

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日田バス,壁型,崩壊系,民家型

日田バス大野線・出野線・有田線の廃止

ついにこの時が来たか、という感です。
公式サイトによる廃止のお知らせ

大野・出野・有田3路線ともこのブログ内ではスターぞろいです。
定点観測し続けた、思い出のバス停も数多く。
まずはそのうちの一つ、大野線の川原(かわばる)バス停から。
余談なんですが大野線には下流の旧大山町中心部にも「川原」(こうばる)バス停があります。読み方違うだけで紛らわしいけど、よかったのだろうか…。

初めて遭遇した大野線の思い出

原付を買って乗り回していました。
いろんなところに行けるのが楽しくて、背伸びして八女に行ったのが最初。

昔は地図に載ってるバスの終点を見に行くのが楽しくて、それだけで遊びに行ったんですね。
八女の終点から、峠を越えると前津江に行けると標識が出てました。軽い気持ちで峠を越えてみたんです。
すぐに星払のバス停を見て仰天するわけです。

興奮してすぐに谷を越え、座目木集落に向かったことを覚えています。

それからしばらく、このあたりに行っては
この固定記事にある通り
バス停を「発見」しに遊びに行くことをやっていたわけです。
地図通りに確認するわけでもなく、最初のうちはグーグルのストリートビューなんてものもなく、そもそもスマホもなく。回りくどいやり方であったので、ひょっとしたら自分がまごついてるうちに普通のバス停に置き換わっていたのもあったかもしれない。

ちなみに最初に来訪した2005年くらいではそれぞれの路線は日に3~4往復。廃止直前の運行は1往復。
まずバスでは行けない。
ちなみに実際にバスで行っても実は日田バスにはテープによる放送車内アナウンスがありません。
乗っていてもどこがバス停なのかは判断が難しい。

「ないものとして存在する川原バス停」

川原のバス停は幾度となくアタックを試みました。
地図まで確認しても本気で見当たらず、ずっとバス停のありそうな雰囲気の道路を見ながらくまなく探索し
「ここはないものとして運行している」
と結論付けたこともありました。
だって本当に見つからないんだもん。
Googleストリートビュー

そう一度結論をしたこの場所のちょっと先にこんな

バス停があり、そういう「壊れたりしていても放置しているのでは?」といったこともあるかもしれないと考えたのもあります。
なおストリートビューを動かせる環境の方、ぜひ「探して」見るのをお勧めします。(2020年現在、2013年撮影のストリートビューだとちゃんとバス停も入っています)

のちに発見した時の驚きは衝撃でした。
ある他バス停を発見して、浮かれてここにやってきたことを覚えている。
そういう訳で過去記事を見たことのない方々のために、在りし日の写真はこの記事中には貼らないことにします。
是非ノーヒントで探してみてください!!

(次回に続く)

JR九州バス,軒下吊り下げ

JRバス福間線、廃止に

福間~福丸という起点と終点が異様にややこしい路線がありまして、もはや福岡県内では数少なくなった峠越え路線であり宗像郡内では唯一、JR(旧国鉄)バスエリアの確率に寄与していた路線でもありました。
この路線が2019年9月に廃止。

JRバスエリアは待合室の残存率が高いとは知ってた。昔ケータイはないし、ましてカメラなんぞ持ち合わさなかった時期に何度かこの路線に乗ったり、仕事で訪れたりはしたのだが。
せいぜい記憶にあるのは、その当時の福間東中学校か鞍掛バス停が「待合室型で変わってるな」と感じたものしかない。
ので、実はこの近くに引っ越してドライブで散策したらいきなり「発見」してしまった。まったく気づいてなかったのね。

  

晩年のこの付近のバス停、「本木入口」「筑前本木」は同じ型の待合室が立ってるんだけど、どっちも標柱が置いてあったりするから畦町だけこれなのは謎。

 
バス停由来の畦町宿からは少し離れていて、昔の地図を見るとひょっとしたら元は宿場町の中にあったのでは?という想像が。
しかし年期は入っている。

  
峠越えのバス、もう少ないんですよ。なかなか複数の自治体が絡むと、赤字路線支援が難しいとか何とかで。
太川陽介の出るバス旅の番組でもたびたび問題になってますよね。山が越せない、というやつ。
その流れでも割と長い間残っていたこの路線、JRバスとしては廃止にはなりましたが。なんと山を越えた宮若市の支援で峠越え部分含めて存続しました。
しかし福津市側は大幅にバス停を削減されここは廃止に。今は停留所の名盤と時刻表を外された形で、廃駅のようにひっそりと残っていたりします。

ストリートビューはこちら(存命中)

※業務連絡その他

旧名「ジマオとマルサン醤油」

旧ブログはこちら
ブログを移転することにしました。理由としましてはそろそろバス停で書けるネタも増えたんで、さあまた書き足そうか、と考えてはいたのですが…

  • アップ画像のファイルサイズ最大量がちょっと小さい
  • そもそもMAX500MBまでしか容量がない
  • お金出したサーバーあるんだし、そっちに移したほうが楽じゃね?

まあそれなりに理由もできました。忍者ブログ様が悪いわけではありませんが、やりたいことを増やすにはこれは致し方ないかな。じゃ、移転すっか!!
 んで、折角の機会なのでタイトルもちょっとわかりやすくすることにしました。
元々、忍者ブログのドメインで「~.syoyu.net」が取れるというんで、「ジマオとなんとか醤油とかどうか」とそういうタイトルにした記憶があります。まあ一見したらバス停とはわからんでしょう。照れ隠しでそんなひねたタイトルをつける感性があるほど自分ももう若くない。

前回更新から何があったか

何から話すべきなのかですが、前回更新が2017年か。そっから3年なんですが結婚(※二回目)、引越し、就職と色々ありました。多忙もありました。相変わらず音楽活動は続けています。新嫁は故前嫁にもましてバス停には無理解です。
なおこの間になんと、車を手に入れています。自家用車ですよ。これで日田にだって、北海道だって行けんことはありません。
引っ越しとは書きましたが同じ都市圏にいます。

以前と同じく、書きたくなったらがーっと更新して…という繰り返しになると思います。

何をもって特殊バス停とするのか

自分はそもそも福岡市出身です。

三井四坑(田川郡川崎町)

普通にこういう西鉄バス停が立っている日常で生まれ育ちました。
それに初めて遭遇したのは小学校の頃に大分の筋湯温泉に行った時のことでした。
受験学習塾の合宿でした。ここに2週間近く滞在し、この山の上に至るバス路線沿いに山を下り、小学校のグランドに遊びに出かける日々が続きました。
その道中、温泉などがあるにもかかわらずポツポツとしかバス停を見かけず、不思議に思っていたのです。
最初にグランドそばのバス停「湯坪」が、軒下にぶら下がっているのを見て仰天します。
そして、半分以上のバス停が軒下やら壁やらに貼られてあるというのではないかという仮説を立てます。
その次の日のグランドまでの道すがら、一日一個くらいの確率でバス停を「発見」していくことになりました。


バス停とはどういうものか?フリー素材のいらすとやさんで、バス停のイメージ画像を借りてきましょう。

やはりこの「標識柱」に停留所の銘版、時刻表がついているのがパブリックイメージでしょう。
これが脳内にあるが故、道中バス停を探そうとしても、なかなか発見に至らない。

という体験をもとにしまして、近年はそんなパブリックイメージを覆されたと感じたバス停ばかりを発掘しては写真に撮ってます。
発見、と大げさに言いますが実際3年くらいかかったバス停も大真面目に存在しました。
中には発見しきれずなくなったバス停も存在します。

また近年はこの「標識柱」を立てないタイプの新規バス停も現れました。バス事業参入の規制緩和や、地方時自体のバス事業委託が進んだおかげでバス停にお金をかけない事業者が出てきています。旧来の事業者でも、経費削減や狭隘路線における壁型バス停のメリットの見直しなど、接地軒数が微増していたりします。
このブログを始めたころだと想像がつきませんでした。減るだけだろうと思っていたのに。

そんなわけで、話題が尽きるまでよろしくお願い申し上げます。