大分交通・大交北部バス,軒下吊り下げ

下から目線のアイツ

大分の国東半島線。豊後高田~伊美の路線のみ、待合室と軒下のバス停が生き残っている。
国東の営業所管轄は積極的にバス停ポールを置いている印象があるので、まあこの分布は現場の好みとかそういう問題なのではと思っている。


…ん?

きみ、ずいぶん下から目線では…

ここにしか貼りつかなかったものなのか。

理想的な軒下の貼り付けは

こんな感じだろうし

もしくはこれか。

下から見られている感がすごい…


伽藍の手前のバス停です。本数はそこそこ。

こっちから見るとチラッと覗くところがなんとも中途半端…。

待合室も築ン10年物ばっかりだからなあ…

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中国JRバス,バスターミナル

大きいことはいいことだ

秋芳洞という鍾乳洞がありまして、1kmある日本最大級の観光ルートを要しておりまして。
中は圧巻なのですが、この観光ルートの特徴として人工トンネルを使い一方通行で別の出口に通じることができます。
つまりここ、行って戻るをしなくて済む洞窟です。なかなかユーザーフレンドリーというべきところでしょうか。
でも1kmの道のりをどうやって戻るか、といえば…


出口すぐに存在するのは

巨大なバス停。
戻るために作られたという訳ではなく、実際のところは洞窟だし、順路なんて正確に決まってるわけじゃなくて正門が二つあるようなもの。観光順によってはここを正門として入るお客さんも勿論いる。

昔来た時はそこそこお客がいたが、この時期はな~。
写真撮った時はワシら含めて5人くらいだったか?

一応、標柱らしいものは立っている。がバス停施設は正直デカい。
団体ツアーによってはバスに乗っていくパックの人々もいたし、そのためのこの待合室である。

流石に入洞する際に時刻表を確認はしてたので、自分は時刻表を探さずに済んではいたんだが…

こういうバスセンターにありがちなでっかい時刻表は皆無。
ポスターのあるスペースの左の空白地、昔そこにあったんじゃなかろうか…

高級懐石のごときバス停

さて時刻表をガチになって探すことにしてみたが

この辺か…

窓口。ずいぶん前に閉鎖されているようだ。
前来た時は2007年くらいだったかな、記憶にはないな。
それにずいぶん人多かったし、流れ作業で乗ったような記憶あるな。

で、時刻表はよ…
何となく右の貼り紙を見る。

違うじゃん!!
…え?左の小さいやつ?

ちっさ!!

これだけの巨体のバス停でありながら、時刻表はA5サイズくらいというのもなかなかないのでは…。
大皿にちんまり盛られた高級懐石料理の如し。

もう一組のお客の女性たちも真剣に時刻表を探していた。ここがバス停なのか本気で不安になったらしい…。

ここに貼っておけばよいのではという気もするが…。
まあこのサイト的には、こんな珍妙な状況が生まれているのを楽しんだほうがよろしいのか。

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川崎町ふれあいバス,発見難易度高,ガードレール,壁型

約束の地KAWASAKI

いやー、確かこの辺よね…と思いながらたどり着く。


福岡県田川郡川崎町、大分の県境にも割と迫るほどの奥地であり、かといって大分県に抜け道として盛んに通るところでもない。
北九州~日田というルートで俎上に上がるか、上がらないかといったところか。

今ではそんな街だが昭和中ごろまでは炭鉱で大変栄えており、鉄道線の分岐駅もあった。
2005年まで西鉄バスの支線が走っており。それらの廃止時に三井四坑奥谷他写真を撮りに行った記録がある。

うーん、上安宅どこだったもんか…

現在のふれあいバスのバス停はこれ。

当時の安宅支線、登ってみると案外バス停が大ぶりでがっしりしていた印象。
「バス停が大ぶり」って表現、西鉄バスのバス停標柱を何個も見てきた方ならばなんか納得していただけるんじゃなかろうか…。
絶妙な時期に設置されたとこだけ、丸看板ででっかいやつが残ってたよね。

廃止のお知らせ。

川崎ふれあいバス、バス停発見難易度ヤバい件

さて現在この安宅線、ふれあいバスはもう一つ山の上の「小峠」まで行く。

川崎ふれあいバス、バス停に関してはかなりミニマムでどのバス停も見つけるのには慣れを要する。
なおタレントの小峠英二氏の出身は田川郡だが、大任町とのことでここからは微妙に離れたところの出身。

季節が良ければこのあたりは彼岸花の鑑賞スポットなんだそうで、来年は是非タイミング合わせて伺ってみたい。

3往復、なんて本数だ。(※一応言うだけ言ってみたかった感)


これもなかなか手慣れてないとバス停発見が難しい。というか沿線のバス停はほとんどが電柱やらガードレール、壁設置のツワモノだらけなので気軽にオリエンテーリング気分が楽しめるぞ。

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上安宅

小峠

さいかい交通,ポール型

妖しい月が恐ろしい怪物を…


表題みたいなサムネイルが出来上がってしまった。

恐ろしげな一つ目の怪物をモチーフにしたバス停…

長崎と佐世保の中間、東シナ海(五島灘)に面した西彼杵半島の北端から、3本の橋でつながってる崎戸島のさらに西の突端近く。
崎戸町には4つ、魚をモチーフにしたバス停が置かれており、ここはその一つ。

元々この島は炭鉱があり、また高低差が多く他地方に比べて比較的バス交通が普及・発達した長崎県らしい事情もあってか、本数はちゃんと多い。
隣の大島まで走っている。

謎の生き物感半端ない…

SAN値の低下しそうなバス停

さて、別に謎の生き物という訳ではなく、どうも鯛らしいのである。

ああ…こうしてみると、これが後ろ姿で。右の身は切り取られた…と。

あー、この角度から見るとなかなか鯛ですな。

しかし車道から見るとこんな感じであり、やはり禍々しい月が遣わした名状しがたい何かに見えるのは致し方がないのである…。
なおこの日の同行者の報告なのだが、このバス停のジムにポケモンを置いたら19日間防衛していたそうだ。

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いわくにバス,壁型,小屋型

標柱がない以前に電波が来ない場所

山口県の岩国市の山間部路線大藤線。玖珂や柳井方面に抜ける峠道の途中から分岐するが、地図で見ると

これがなかなかの長距離かつどうしてそっちから行く?って感じの路線で。
六呂師(大藤)の沢に向かって、人家及び整備された道のある所を選ぶとこうなったのか。
この岩国の山間部は旧国鉄バスが路線を伸ばしていた場所でもあるし、一時期は柱野まで来ていたようだから競合状態の末こんな路線が生まれたのかも。この地域が岩国市に合併したのは結構古く昭和30年で、いわくにバスは市営交通局が前身。なるほど古くから市営バスがあっても問題ない場所か。
所要時間は当然、圧巻の1時間強らしい(62分)。

国道から分かれるとまず採石場があり。さらに狭い道を延々向かうとこの集落が現れる。

岩国、いや中国地方では珍しく標柱レスのバス停。

いわくにバスで柱のないバス停はグーグルマップの事前調査でもう一つ見つけることができた。
携帯の電波は届かなかった。

ワイはプロや!猿ゴルファープロや!!


バス時刻表は待合室の中にあり、バス停名板はどうやら

この側面の看板が相当しているよう。

なぜか置かれているラジオ。

嫁、バンドメンバー・たまきお君の3人で到達。
大分のバス停旅に同行している嫁はさておきたまきお君はこういうのが新鮮だったようで、
「嘘でしょ、この細い道の先にバス停とか」
「マジか!あるんか~!!」
などと非常においしいリアクションを繰り広げ。

この帰り道、下畑~六呂師口の間でバス停旅史上二度目のサルの群れに遭遇。無駄にテンションは上がった。
そういえば結局この沢を走って生身の人間には出会わなかった。対向車は3台ほど通っただろうか。サル6匹(概算)のほうが多い結果に…。

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さいかい交通,ポール型,小屋型,終点

みんな大好き、行き方のわからない終点

先日「マニアが喜ぶバス停とは!?」みたいな話をとある商業クリエーターさんとメールでやり取りしてたんですが、そこで自分が述べたもので
「路線表のはじっこだったり終点だったりするのはみんな好きです」
とはっきり私論をぶちかましましたが、多分これは正解だと思う。

学生時代を過ごしたのは長崎でありまして、住んでいたのは西彼杵半島の根っこ、時津という長崎市から北に行ったところ。この半島は非常に平地が少なく、山と海が複雑に入り組んでいる地形。長崎市と佐世保市を結ぶ最短ルートであるがゆえに道路は非常に整備が早く、バス網も結構充実していた。自分のいた時なかった路線は時津北ターミナル付近(先久留里止めがあった程度で現埋め立て地は広い空き地でもあった)、小口港、水浦廻りか。亀浦延伸はぎりぎり覚えてて、よく乗った風早行きが消滅したのを惜しんだ記憶はある。
長崎バスって今はどうか知らないけど、車内に会社の全路線表が絶対貼ってあるんですよね。
長崎バス全路線図公式サイト

この路線表を見て育った長崎バスっ子で、この画像の右のほうにある幸物支線に一度行って見たいと思った子は絶対多いと思う、いやほとんどだと思う。多分。きっと。

30年後の幸物を、今と変わらず愛しています

さて、ワイも高校卒業して今年で30年。

やって来てみた!!
ええー…

なんつうかですよここ、集落どころか家が全く見当たらない。
山中路線だとよくある「脇道の奥に行くとたくさん家があるタイプ」の、県道沿いのバス停に散見される立地らしく。

汚れは気になるが立派な待合室。

新しい柱…
余談だが四角い名称版を使っていたのは古いタイプで、平成に入ってから市内を中心に丸板に入れ替わって行ったのを覚えているので、四角のものがこうして新しく更新されているのを見るとスゲエとなる。

時刻表。実はこの年末年始のお知らせのところに、現存していたものでは最古級の路線図がつい最近まで貼ってあったらしい。
そこには「青雲学園」「光風台」が入っておらず、昭和60年以前のものになるのではなかっただろうか。惜しいものを見逃した。

使われてる雰囲気はしない。

行ったこの日は1/4、全国的には休日なのか学休日なのか微妙な日。到達時刻は16時20分で…

そう、あと50分したら実はバスが来たかもしれず、幸物行きバスを拝めたんじゃね?というチャンスではあったのだけれど。この日は嫁と同行であったのでさすがにそこまではせず。

そのまま県民の森の方向に向かいました。
あの頃たどり着けなかったあの場所をただ見に行く、それだけなんですけどなんでこんなに妙な感動があるんでしょうかね?
「マニアが好きなバス停とは?」に対するアンサーとして、そういう感動がある場所もその一つだよね、という結論を見たのでした。

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