日田バス,軒下吊り下げ

日田は割と古い商店街が元気だ。この町にはそういえば何とかモールやら、何とかタウンやらが存在しない。
街中を走ると、「おい、昔ながらの軒先バス停、まだ残ってないかな?」って気分になる。
まあ実際そいつをリサーチするにはきっと、自転車が必要だろう。
自動車でのリサーチは危険だ。わき見運転は事故の元だ。
一度レンタサイクルでも借りてみようかな。あるかどうか知らないけれど。

・・・さて、街中にほど近いバス停で、今のところ唯一見つかった待合室タイプのバス停。
サッポロビール工場のちょっと下のほう。阿蘇・津江方面から日田の温泉街に向かう道の、大山川左岸を通る旧道沿いに、ちょっと目立つ形で鎮座しています。バスは、前津江ローカル線(赤石・大野線)のみがここを通る設定。

周辺人口、非常に多い。ゆえに車量も多い。
だがこのバス停に止まるバスは、一日3往復。まあ、実用性はないに等しいといえるだろう。
狭い裏通りを自家用車があくせくと通り過ぎる景色の中、時間が止まったようなこの待合室のたたずまいは、いつ来てもなんだかやるせない。

日田バス,軒下吊り下げ


日田バスの有田線は、公式サイトにも載っているにもかかわらず一応市の福祉バスに転換されている。
バス停のほとんども市の福祉バス用のそれに変わっている。

俺は日田バスのバス停としての「王手石」や「缶詰工場」が見たかったけれど、それはまあ仕方がない。
いや、この路線にそんな名前のバス停があるわけよ。
スッゲーそそる名前と思わね?
・・・無くなってしまったのだから男ならぐっと我慢だ。
一応行ったけど、真新しい標柱はやっぱ興ざめた。

さてそんなリストラクチャーをくぐりぬけて、早い話取り壊したり取り外したりが面倒なバス停が4~5個現存していたりする。とはいえちゃんと、真新しい標柱も一緒に設置してあるんだけれども。
終点・岩下の一歩手前のバス停。

美しい。
なんつうかこう、峠道の木陰で日傘を指す清楚なお嬢さんみたいな、そういう景色だった。
いや、幾つもこういうバス停には行ってるんだけどね。そんな感情になったのはこのバス停が初めてだった。

何でそんな感情になったのか、いまひとつ言葉にできないんだけれど。
桜の季節にもう一度訪れてみたい気がした。
あの木、桜だったら出来すぎだよな。確か違ったと思うけど。

日田バス,民家型

在りし日の晒し首バス停。

とはいえこのバス停、2年前くらいにもう標柱になってたので、こういう壁・軒先型バス停を標柱にするゼーレのシナリオはひそかに進行中なのかも知れない。日田バス補完計画、すべてはシナリオ通り。

この写真撮ってたときはそこまで「こういうバス停を集めよう!!」って意識が低くて。これ1枚しかないのよ。
うーん、もっと撮っておけばよかった。

日田バス,崩壊系,民家型


以前「下一ツ戸」を訪れたときの話。

「そういえばこげなバス停、出山もそうじゃった」「荒平もじゃなかと?」

・・・ごめんおじさんおばさん、その二つとも見落としとった。
てなわけで、道路地図を改めて眺めながら(※ここで読者の皆さんは「最初から見とけよ!!」と突っ込んでください)道を下ったところあっさりと発見。

ってか次のバス停じゃないか。道理で距離長すぎると思ったよ。
しかもこれ、さすがにバス停って誰も気づかないよ。

普通はバス停探すミッション与えられたら
「待合所か標柱が道端に立ってるから、それを注視しよう」
なんだけど、これが日田バスの場合
「紺色の四角いやつが、道路付近のどっかにまぎれているからそれに注視する事」
って、いきなりウォーリーを探せ状態までレベルが上がってるわけですよ。

俺のウォーリーは道端に晒し首になっていました。
何をしたんだウォーリー。火付けか!?盗っ人か!?

ところでこのバス停で存在を知ったんですが、日田の壁バス停には超旧式として「次」表示のある壁標識があります。このあとこれが「中津江村営が日田バスであった証明」をしてくれるとは、思わなんだ。

日田バス,擁壁,道路構造物一体型


小屋型?壁型?
つかトーチカ型?

・・・ゆっくりしていってね!!

日田バス,民家型,軒下吊り下げ


塚田の続き。

温泉に入って、とりあえず帰路に着くことにはした。
五馬線に沿って帰ろう、新しい発見があるかもしれないなんてちょっと考えた。
確かに、再探訪の際路線表の見落としが発覚することはある。
この日の温泉への往路、実は「中園」というバス停の見落としが発覚、真新しい標柱が立ってしまっていたのだ。もっともそのバス停は村で最大の雑貨店のまん前で、標識ゼロ・時刻表のみ雑貨店の軒先に掲載だったという可能性も否定できないから、まあすっぱい葡萄だったと思うさね。ふてた顔で。

さて復路。五馬線は主要地方道・天ヶ瀬阿蘇線を通るのだが、所々が2車線に改良済み。
三日月湖のような旧道の入り口付近にバス停が配置されている。奥に行くことはないだろう。

そんな旧道の入口にある「ゲートボール場前」バス停。
旧道の出口部分はさほど離れていなくて、目視できる距離で再合流しているのがわかる。
ふと、野生の勘が働いた。
向こうに見える森は下り斜面のようだ。地形的にもあの旧道にはそう大きな集落はなさそう、今までそう判断してきた。しかし本当に、第六感的なひらめきでそこを曲がった瞬間・・・

・・・が、上の写真。

「ゲートボール場前」からは100メートルあるかないかの距離。
わざわざこのバス停のために、バスがここに入り込む必然性。
その軒先型とも壁型ともつかないフォルム。

考えれば考えるほど赤瀬川原平の考現学のような考察が頭をよぎってしまう。いやー、大発見をしてしまった。

日田バス,壁型,民家型

自分は凄いずぼらな人間なもので、地図とか路線表とか、そういうちゃんとした資料があるなら持って行けばいいのに。それをしないから人生でも失敗ばっかなのよ!!あなたが与するのはいつもぽしゃるのよ!!なんとか党も大勝するのよ!!・・・あ、これは、高速道路無料公約がこのバス停趣味的にまったくよろしくないゆえの発言であることを表明しておきます。田舎のバス停、ガチでやばい。

話を戻して。
家に帰って、持ち出し損ねた地図や路線表を眺めると、「えーっ、あそこの間にバス停!?」ってなことが多い。天瀬温泉のメインストリートはバス通りなんだけど、路線表にはバス停が2つ。・・・駅しか覚えてないぞ?

この「ずぼら」はたいてい大発見を生む。
大概「見つけにくいバス停」である確率が大だから。

極上の壁バス停だった。
幾多のバス停で風情をそいでいた、丸ゴシック体のラミネート紙標識すらない素の旧式壁プレート。
ごちそうさまでした。

小松屋は温泉旅館でした。

日田バス,軒下吊り下げ


軒先型のバス停は絶滅寸前なんだけれども、院内町の「月の俣」のように、取り外しがめんどいから放置してるような例もあった。

このバス停の路線はいつかはわからないけれど、大分前に廃止になっています。草の入江という集落まで伸びていたようで、終点のあった場所には待合所が別用途で使われ、そのまま残っていました。

おれ愛用の15年前の道路地図にはこの路線が載っていて、ひょっとしたら路線跡みたいなものがあるかも?と一縷の望みをかけてアタックしたのです。
・・・結果は大吉と出た。って言うか驚いた。

見事な軒先型です。
訪問時間、夕方の6~7時。
はい、期待してなかったんです。本当に驚いた。

 

日田バス,壁型,小屋型


バス停を探していると、コンクリートブロックでできた構造物が道端に出現して、「あ、あれかな?待合室じゃね?」と色めき立つも、近寄るとごみ集積場だった、ってなことが多々あります。
中には、もうバスが一日1往復なんてのになってるのをいいことに、こうなってる場合もあります。

この写真撮ってるとき、地元の中学生くらいの女の子がこっちを見てたんだが、「ごみ集積場の写真なんか撮って何しとんじゃワレ」って気持ちになったかと思うのよね。こうなっちゃうとバス停って認識も薄そうだしなあ・・・。

日田バス,民家型

バス停の写真を撮るとき、その路線がまず乗ることが叶いそうにない路線だったりすると、当然のごとくバス停を「探しに行く」という作業が重要で。

そこで活躍するのが「一昔前の」(※重要!!)道路地図。
大分県を巡回するときに自分が使ってるのは平成6~7年度の人文社のもので、国東半島めぐりの際は「ハア?そんな路線なんてもうねーよボケ!!」的肩透かしをそりゃもう何度もさせられた。

九州のバス時刻表」という便利なサイトがあります。このページは地図に表示されたバス停をクリックすると、時刻やら運賃やらが九州じゅうどこでも検索できる、みたいな優れものサイトなんですが、この地図の元データというのが「提供:昭文社」。いわゆる書店で売ってる安心の道路地図ブランド、マップルですね。
最新の大分県マップルなんですが、実はこのバス停は入っていないんですな。

九州のバス時刻表」より。

書籍だとこんな感じ。「塚田」は入ってない。

サイトでは、「ん?日田バスの資料では『塚田』ないよなあ・・・この間にあるみたいだし、この真ん中に入れちゃえ」って感じで無造作に真ん中に置いてあるわけです。

自分も実は、ここの路線はそうなっているものだと思っていて、この塚田バス停の存在も知りませんでした。バス停には路線表や「次のバス停」もないし。しかし、前々から気にはなってたんですよねえ。なんで地形的にあんな大きい集落の内に入らずに、沢の根元のところで曲がっていくか。沢の根元のところにバス停を置くにしては、ちょっと奥の集落の人々の使いにくいとこにバス停あるし・・・。
「古賀橋」はあまり人気を感じない場所に、「古賀」は沢の根元から、別の沢の方にちょっと登ったところにあって、向かい側の大集落の人はとても使いづらかろう。しかし、実際この古賀と古賀橋の間は路線的には一本道に見えるわけですよ。お互いが見えるし。あー、次のバス停あそこと誰もが思うでしょう。

そこでその、古い地図を投入。古い地図なのに1000円近くした。

・・・!!!!!
そう、奥の集落にバス停があるらしいことがわかりました。
そもそも自分が何故こんな場所に興味を持って、バス停を発見して歓喜したかというと。
そこの集落には200円では入れる天瀬温泉の源泉を使った温泉センターがあるからです。
たまに腱鞘炎やらがひどくなると、ここに入りに行くことにしているくらいです。

早速、温泉センターを通過し、集落の真ん中に突進していくことに。
すると・・・。

発見まで、おそらく2年かかったこのバス停。
2年前も今も、来るのは一日1往復。

そして見つけた感想は
 「こりゃマップルも見逃すわな」。

ところでつい先週、またこの温泉に訪れました。もうこの辺のバスの写真は全部撮りつくしたわい、などと豪語していた自分だったのですが・・・(※引き)