日田バス,集積場,壁型,小屋型,擁壁,民家型

塚田!!

本城!!

東方!!

鍵野!!

エースぞろいだった本城線、ほかにもいくつか写真があるのでお蔵だし。

もうこの4つの前では霞んでしまっていた迫の久保。

わき道に入らないと発見できなかった栃井。秋に行くとイチョウが綺麗。

本城線のあった辺りには、天瀬温泉の源泉を使った銭湯があります。ここが超穴場。安くて庶民的で体にいい。

「塚田温泉センター」。

廃止になったのは2~3年前かな。
末期の運行状況がこれではやむなしか。

日田バス,ポール型,小屋型,崩壊系


うん、名前は凄くかっこいい。
「やまなみハイウェイ」というカッコイイ観光道路上にあります。
豊後中村駅から伸びる久住登山口までの路線は2系統あり、1系統は谷沿いの集落をなめるように回る筋湯線。それをショートカットするように草原地帯を貫くこちらはこの中間バス停一つのみで1.5往復。とにかく、行けども行けども草原・草原。

そういう集落があったのか。活火山の久住の山が見えます。

「立ってるバス停」(※このブログ独自の表現)だけど、ここに立つと文明崩壊後の地球感が半端ないです。交通量は割りと多いですけどね。

で、思う。何で大将軍なんだ。夷陵の戦いで負けた劉備玄徳が落ちのびでもしたんかな…。

日田バス,軒下吊り下げ


皆様は漫画「魁!男塾」をご存知でしょうか。ジャンプ全盛期に出た超男臭いバトル物格闘漫画。
知ってたらわかる「と、虎丸ー!!」というセリフが出てしまった。

昔は後ろの空き地、集落か店だったのか。
九州レベルで名の知れた安産の神・高塚地蔵に行く道の途中だから、高速道路が通る前はこの道ももっと賑々しかったのかも。今は九州横断道のインターチェンジが高塚地蔵の直近に出来てしまって、この道も寂れてしまった。土産屋の跡のような廃墟が沿線にはそこかしこに。
ここもそんながらんとした空き地。バス停の反対側に道が分かれていて、山の上には本当の寅丸集落があります。

バス停だけが取り残されたようにぽつーんとあります。美しい待合室型のバス停だけど、なんか寂しい。

日田バス

http://club-shinko.sakura.ne.jp/tsurisage.html

 ええっとこんな同好の士を発見して感動しております。やっぱり残っているもんだな、待合室+釣り下げ型。
 実はまだまだお蔵出しは続く。
 集落の入り口にひっそりとあり、周辺に民家は何もなし。
 日田バスの豊後森駅から北に延びるローカル線、田代線の終点一歩手前。
 ちなみに終点の「田代」は普通に二車線道路の端っこに標柱が立ってて「これ、どこで折り返すんだ?」というくらい終点オーラが全くなく驚いたものです。で、写真も撮らなかったんだけど、今考えるとこの「終点オーラ」ってバス停好きにしかわからない感覚よね。
 あるんですよ、どんずまり感というか、ここでバスが折り返すんだーって感じが。空気が。

 横にあるのは…

 ここは自衛隊の射撃場近くで、訓練の時間割が貼られています。
 ま、国家機密の類かもしれないので遠巻きに。
 今、どうなってるんだろうなー。

 実は以前紹介した「田尻」の次です。どちらも廃止になっています。
 今は「コミバス」が走っていて、日田バスの標識がはがされた跡がストリートビューでもわかるくらい鮮明に写ってました。

日田バス

「特殊ブログ捜索隊」様
http://tokublo.net/jimao_syoyu/
からこんなステキな紹介記事を頂きました。ありがとうございます。


まだまだ、ブログにお蔵だししてないものは残ってるもんだなー。
これは古い型の壁バス停ですね。もう皆さんもすっかり慣れたかと思います。
 でも、おかしいことに気付きません?時刻表がないんですよ。

・・・というのも。

とまあ、こういうことです。
立ってます(※このブログ独自の表現)

写真を撮ったのはかなり前です。現在は日田バスのみが走ってますが、ここを大分交通の伏木経由(旧国道線経由)が走っていた時代があった、ということですね。

日田バスは比較的本数が多いのですが、これは終点の小鹿田(皿山)が焼き物で有名で、また通学路線でもあり需要がないわけじゃないからなんですね。
伏木線は壮絶でした。廃止になっちゃったんだよなあ…。

日田バス

えーとこんな事を書くと驚かれるかもしれませんが、私30年前中学受験戦士でして、小学校の頃に大分九重にある筋湯温泉の山の上のホテルに合宿に行きました。
 最終目標は久留米附設中学で、合格していたらホリエモン氏と同級生になりました。
 昨今彼の自伝が出版されましたが、結局別の中学に行った僕と同じく、な友人が本の中に出てきます。ちょっぴり自慢、でもぼくは彼の生き方や言動は非共感的ですね、ミーハーみたいに持ち上げておいて申し訳ないですが…。

 ぼくの軒下バス停との邂逅は、その中学受験塾の合宿です。
 合宿の息抜きで、小学校のグラウンドに野球をしに出かけることがありました。
 その場所がまさに軒下バス停「湯坪」。

 これが現在の湯坪バス停。軒下にしていた商店の廃業で今は小学校の敷地内に待合室があります。
 
 「日向」は当時のままです!!


 堅牢な待合室型バス停が続くのですが、この路線は観光路線というよりか現在は学校輸送がメインです。もちろん小学校当時は、観光半分、学校輸送半分だったのでしょうが。
 待合所を新設した「久保」、学校の標語が入った「下豊後渡」なんかからは、今でも子供たちの乗り場なんだなーという雰囲気が。

 そんな筋湯温泉から少し下ったところにある、飯田高原という広い盆地。その中心街にあるのが大ボスの「下組」。

 これを見て塾の同級生が「執念のバス停やな」「バラバラや」と次々声を挙げたのを覚えています。
 豊後中村駅から是非乗りバスで登ってみる事をおすすめします。

 終点近くにはこんな大ボスが眠っていますしね・・・。

日田バス,軒下吊り下げ

あ、ごめん、後編書くの忘れてた!

ある日カミさんと二人で近所に散歩に出かけた最中、裏路地に1軒のぜんざい屋さんを発見。住居を改造したもののようです。中には竹のオブジェがびっしり!異空間のようなその店内に圧倒され…と書いておいてそこのぜんざい屋さんの写真を撮り忘れてる失態。
撮ってから後編書こうとなってたら嫁さんが病気見つかって、と忙しくなったわけであります。
なので後編書けなかったんですね。ええいままよ、写真はもう別の機会でいいや。

店主と話をしてるうちに、この竹は日田のものを使ってる・・・との説明がありまして。え、日田のどの辺でしょう、色々聞いているうちに、あの入美ある有田線の周辺の地主さんであると判明。
「親戚が銀杏の缶詰ば作りよってですね」
あ、それ有田線の途中バス停「缶詰工場前」のそれか!!あれ銀杏のだったんだ・・・。
入美は道路の区画整理でなくなっていないかどうか情報を聞き出す機会が出来ました。曖昧な返事が返ってきました。
「あったような、なかったような・・・」

行ってみるしかなくなりました。
入美~横畑間の新道への路線付け替えのお知らせがあった以上、今年の桜が最後かもしれないと踏みました。
その日の天気は大荒れで、最初に向かった、毎年行くことにしている行楽地秋月では花腐しの豪雨が降りました。秋月を出て1時間強で、日田の奥へとレンタカーを走らせ。 
この周辺、小雨は降っていましたが桜はそこまで散っていませんでした。
まるでわれわれを待っていたかのごとく満開の入美桜が待ち受けてくれました。
晴れてたらなー、1日ずれてたらなー(前日は晴れてた)。多少はそう思いましたが。

もうここからは夢中になって何枚も写真撮りました。

このバス停、本当に美しい!!

惜別の気持ちを秘めて車を日田中心街まで走らせはじめたら、5分くらいでどっと豪雨が降りました。
まるで自分たちを待ってくれていたかのような、そんな気持ちになりました。
このバス停の去就はわかりません。ひょっとしたら桜を上手く残して、道路が整備されるかもしれません。が、この狭い道路のたたずまいは消えるでしょう。
なんだかんだで来年もあるかもしれないし、なくなるかもしれない。
とりあえず、今年こうやって桜の咲く入美が撮れたことに感謝し、また
「行こう!」
という気持ちを後押しした、あのぜんざい屋さんにも感謝せねば。

豪雨はその後数時間続きました。きっとあの直後に桜は散り果ててしまっていたでしょう。
「日田バスの女王」は待っていてくれてた、と自分は信じることにします。

日田バス

出し惜しみはよくない。
 
そうなんです。今年、ちゃんと行ってきました。
日田バスの公式サイトにお知らせがありました。
「入美~横畑間を新道に付け替えます」
アナウンスがあったんです。ああ、終わったなと思いました。
一応ストリートビューで確認してみました。

2013年。アナウンスは今年。
ああ、ついに新道が出来たんだな。覚悟して現地に行きました。

息を呑むほどの満開でしたとも!!

このブログを再開させようと思ったかというと、実はあるきっかけがあったのでした。
その件は後半にて、ホムフフ、出し惜しみ!!
後編へ続く!!
次回!
「『缶詰工場前』の缶詰工場では何の缶詰を作っていたか」の謎も解明!乞うご期待!!

日田バス,古バス停,壁型,民家型


以前この五馬線「鼠谷」を紹介した後、割りとすぐに新しいバス停が立ったことがありました。

今回は出野線の「出山」。

2009年に撮ったものです。
下一ツ戸の住民の方に伺ったときに
「あそこは空き家にしとるけん適当にしてもらっとるとよね」
なんて教わったバス停。

一つ手前のこのバス停「深野」が、再来訪時にきれいな柱になって立ってました。
おそらく横の水路の補修のさいに潰したのでしょうか。
で、出山に行ってみると・・・

お!

立ってる・・・あれ、でも

残ってる!!

これ、ひょっとしたら「珍百景」効果なのか。
「下一ツ戸」から二つとなりのバス停です。

日田バス,壁型,民家型


昨日「川原」でこれ、ナニコレ珍百景に出したらいいんじゃない?なんて書いていました。

正直に白状しますとこのブログに精力的だった3年前に実は投稿しておりました。
このときはこのバス停を推奨したのですが、あえなく採用ならず。

どうも、このバス停が投稿者なしで去年採用されていたようです!

時代が追いついてた!一年前に!!なんと!!
ありがとうテレビ朝日!!

これを知ったのは昨日、改めて「川原」を投稿フォームから申請を済ませた直後。
番組HPにさりげなく載ってたんですね。どんなリアクションだったか気になります。
…なもので

バッチリ健在でした。
テレビとは偉大なものなのかもしれません。

ちなみに、隣には「上一ツ戸」も存在しており

まあ、こっちが健全なバス停なんです。地味なバス停です。