大野竹田バス,壁型,民家型

2022/11/30「バス停トーク」宜しくお願い申し上げます


ユーテロの原尻店長がフライヤーを見て「これ、マジで実家の近所ですよ。こんなんマジであったんですかね…」と頭を抱えています。

一瞬廃止跡かと思った壁のバス停

原尻店長の実家近くのバス停2連発。さしもの地元民のその彼の生活導線を考えるとこの路地に入っていくことはまれなのでは…という感じの、駅の裏手の路地を登ったところに大きな三つ角があって、そのTの字のどん詰まりにひっそりとそれはあった。なお発見難易度はバカ高い。普通の人なら運転しながら発見とか困難だろう。

2016年、最初に来訪した時のもの。

時刻表ねえな…と気付く。こういう民家型バス停は時刻表がない場合「廃止跡」のことがあるのだが、よくよく見ると時刻表が床の落ち葉だまりの下に倒れて見えなくなっていた。

復元!!
緒方駅から田中に向かう二往復の通学路線。


そしてこちらが2022年夏。

壁の標識は変わらないけど…

今度は飛ばないように石が!!

そしてビス止めが!!
ちゃんと進化している!!

常楽荘は老人ホームとのこと。

何となく指差し確認で「ヨシ!」
昨日書いた同行者の方から写真頂きました。ありがとうございました。

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大野竹田バス,壁型,民家型,軒下吊り下げ

2022/11/30「バス停トーク」宜しくお願い申し上げます


あらためて宜しくお願い申し上げます。今章立ててプログラムを組んでいます。計算したら1~2時間行くんでは…。

立ってないバス停に出会った時の理想的なリアクションとは?

今年夏、とあるミュージシャンと大分県の佐伯に行ってきまして、その日は自分ともども別府の方に滞在が決まっていたので
「じゃ、帰りに行ける範囲で定点観測をしに行こう」
と思い立ちました。その方は東京の方でバス停に造詣が深いわけでもない。佐伯から大分方面に帰るすがら寄れるとなれば、豊後大野市近辺か。

という訳で岩鼻に到着。佐伯~三重~緒方と抜けてやってきました。

「ほんとだ、立ってないじゃん!珍しいねこれ!」
理想的なリアクションの同行者にこちらのボルテージも上がります。

なかなか希少種の純然たる軒下バス停。いつまでこれ残るだろうか…。

コロナもあってか本数がだいぶ渋くなりました…と思ったが、6年前の写真見たら

何も変わってなかった。それにしてもヒデエ写真だな!

そのまま高尾バス停へ

高尾、前行ったときはいい写真が全然撮れなかった。

前回撮れなかった遠景。
ごらんのとおり2車線化した箇所は、道路に面した建物の立ち退き、歩道の整備などでバス停が整備されて新調されることが多い。
この付近はストリートビューで確認できる限りこういうバス停の宝庫だったが、道路改修でかなり姿を消している。この近辺に伸びていた朝地~長湯方面の路線沿線にあったものは、廃止前にほぼ絶滅していた。

横の集落内道路の階段路地がいい味や…。

本数は2往復。田舎の典型的な通学想定ダイヤ。

「凄いね、ほぼ民家だねこれ!」
同行者も納得!!

撮ってる時のワイ。

楽しんでいただけたでしょうかと思っていたら、先日うちの妻(※その日も同行してた)の誕生日にこの方からバースデーカードが届いて、このバス停の絵が。

…なるほど、バースデーだから、バス停か…。

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岩鼻

高尾

伊予鉄バス,棒型,古バス停

森林組合の謎

柳井の次だった。
鬱蒼とした森の雪道を慎重に下ると、デカい建物が現れて…


次のバス停は「森林組合前」なんで、ここがそうかと思ったそのそばに

さりげなく置かれた棒と時刻表。
目立たないけれど、ここは隣に比べたらバス停と視認できるか?

かつて時刻表を貼るために設置されたであろう鉄板はサビサビで、時刻表もそこに貼ることを諦められている。

森林組合かと思った裏の建物は、側溝のようなコンクリート部品を作る工場のようだ。
この付近にはこの建物以外に森林組合ぽいものはなく、では久万高原の森林組合はというと町の方に事務所が、この道路を通らない新道の方に事業所が移転している。
この工場の操業は会社HPを参照にすると1992年。

近くにある「峠御堂トンネル」の開通でこの道は「旧道」のようなので、ここは時間を止めてしまったよう。
おかげでこんな趣深いバス停が残ってると言えよう…。

※大変申し訳ありませんがしばらく「音楽制作モード」に突入するので更新休みます。
バス停のストック自体は今のところあと100記事ぶんくらいありますので、再開までお待ちいただければと思っております…。

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長崎バス,壁型,擁壁

都会の真ん中に潜む壁式バス停

長崎市の街中、バス通りとバス通りに挟まれたちょっと裏路地といった感じの道。


ここはバスは通らんだろ、って感じの市街地の狭い道なんだけど…

長崎バスのホームページで

平和町商店街。平和と名の付く通り長崎市の平和公園のほど近く。
福岡出身な人は小学校の修学旅行で行く場所でおなじみ。
時節柄思う、本当に戦争はよくない…。

反対側には普通にポールが立ってます。
ここを走るのは江平登口の江平線。訪れた時はバスには遭遇しなかったのだけど、後で調べたら普通にデカいバスが来ると知って驚いた。
中型車両とかじゃないんだ…。

こっちが壁貼りなの、歩道幅の関係だろう。
長崎バスのホームページでも紹介されてたこともあって(※現在はそのページはない)、この「省スペースバス停」もっと増えるんじゃね?と思っていた。
その後増えた新路線の類の沿線をストビューで確認したが、残念ながら意外にポール立ってた。やっぱバス停と言えばポール立ててなんぼなんかね。

長崎市は坂道の住宅地が多いのでバス需要が他の市町村に比べて高いのだが、この街ですら最近は苦境なのだそう。
新路線はこれから増えないものだろうかなあ。出来てほしいよね、ロマンあるし。

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伊予鉄バス,棒型,地面型

路傍の石のような趣の足元系バス停

久万高原町の山間部線、何便かがトンネル開通前の旧道を走っており、ここはその(割と)狭隘路上に位置している。
来訪したのは朝8時過ぎ。朝の通学便の出払った後で、往路にはそれらしき轍が雪に残っていた。


ここも事前情報がなければバス停なぞ、どこにあるかわからないだろう。

これ。

高知の棒バス停のような、白いペンキ跡のある木の棒に括られたバス停。
一ノ谷と同様。それともバス停板が掲げられていた上田のようなタイプの残骸なのかはわからない。

左はごみ収集のお知らせ看板。よく見ないと勘違いしてしまいそうだ。

妻(※のお気に入りの恐竜)と記念写真。
ここはこの日二つ目の伊予鉄バス停だったのだが、早くもボルテージはMAXに達していた…。

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伊予鉄バス,バス車庫,電柱,発見難易度高,廃止跡,ポール型,古バス停,地面型,壁型,小屋型

伊予鉄立岩線のバス停たち

愛媛のライブオファーがあったらなあとほぞをかんだ2021年3月。
この日廃止になった北条市の立岩線、そのバス停群はバラエティーに富んでいた。

このうち、ポール以外のものをストリートビューで確認していく。
※才の原~小山田に関しては別系統(難波経由)としてのちに取り挙げようと思っています。

北条小学校前


電柱。以前のストリートビューに切り替えると、解体された建物にバス停板が掛かっているのがわかる。ベンチもあったようだ。

中西


建屋の基礎近くに路上置き。2012年ストビューでも商店風の建物の下に直置きになっている。

正岡小学校前


民家(商店風)に板張り。

神田


商店の軒先床に直置き。

記念碑前


小屋型、バス停名板はなし。小ぶりのトタン小屋。

湯山


小屋型、バス停名板はなし。トタン小屋。

農協前


見落としそうな道路はじのサビサビの古ポールに、無理やりお知らせや時刻表が貼ってある。

立岩支所前


民家にバス停板。ベンチあり。農協前から旧道の狭隘路を走る。

立岩


ソーラー架台兼駐車場の支柱に貼りつけ。2012年時は小さい木造の駐車場小屋の支柱にくっついていた。

大遊寺


民家の擁壁下の車庫用スペース然とした場所に、時刻表がパイプ椅子の上に置かれているのが確認できる。2012年も同様。
分類するならパイプ椅子型?

中村


CB製の背の低い待合小屋。名板なし。

宮裏


2車線県道を一旦逸れた先、神社の裏にひっそりとサビサビのポールが。

小儀式


カーブの奥、桜並木のそば。サビサビのポール。

儀式


狭隘路沿いの廃商店の軒下にバス停板。キリスト看板や廃材など散乱。

宝入橋


新しめのログハウス風の小屋が立つ。名板なし。登山口。

庄府下


小さめのCB製小屋+バス停板。

庄府


終点にふさわしいバス車庫+バス停板。かつてはここより先の峠越え路線も走っていたとか。

北九州市営バス,発見難易度高,壁型

若松区新名物の裏路地系壁バス停

北九州市営バスの前身は若松市交通局といい、元々5市で対等合併し北九州市の一部になった若松市の市バスだった。そのため北九州市営と名乗ってはいるが路線網は若松区を中心としている。
若松の駅前から伸びる大通りの裏路地に

ひっそりメッシュフェンスに括られている。

以前紹介した畑谷町に向かう系統の途中バス停。

この付近の住宅地は高低差が激しい。
市街地向けは駅・商店街・区役所・図書館・病院とフルコースで回ることができる。

休日は運休するが、なかなかの本数。
狭隘路線バスとしてはそそられるものの、10人乗りだし趣味で乗るのは少し躊躇してしまうか。

若松区のミニバス路線、ほかに数路線ありどれもこんな隘路を走っていて到底バスが走ってるとは思えず…

裏路地でこんなバス停に出会ったらビックリするものである。
小さな柱が立ってるところもある。

安養寺下、凄い高低差あるとこだった…

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伊予鉄バス,地面型,崩壊系

このサイト的には「横綱」なんである

同乗していた嫁に
「次のバス停はなかなか見つからないよ…」
と告げた。グーグルストリートビューで一応「発見」はしていたが、確証なんてなく現地に行くしかないと思ってた。

うん、明らかに手ごわい。
バス停がそこにあるとは到底思えないが、

グーグルマップはここにバス停あるよと示してくるのだ。

道路沿いの更地は宅地の痕跡なのか?

一軒だけある斜面上の民家への階段。
事前調査でおそらくそれと確信したブツを確認する。
トタンの物置のそばを凝視すると見えてくる。

やはり…
これはバス停板!!

ひっくり返してみたら大当たり!!

もはやバス停名など判別不可能!!
周囲に時刻表やお知らせの類は、何も見つからなかった。
伊予鉄バスの公式サイト、路線表にもこのバス停は明記されている。
そもそもこの付近はフリー乗降区域だそうで、バス停見つからなくてもバスに向かって手を挙げれば乗り降りできるとか。
丁重に、バス停板の原状回復をして現地を後にする。

個人的には、大分交通の樋桶山線以来の衝撃。
どういう経緯でこうなったかはわからないのだが、これは極上の現代アートではなかろうか?
この板切れが置かれていることがこの場の「バス停」としての社会的価値をかろうじて維持しているし、この状況になっていることはおそらく複雑かつ奇跡的な経緯にある。この状況を壊してしまうのは恐ろしいなあ。
果てしなく美しいと思った。

狭隘度も相まって、ここは乗りバスで行ったらもっと興奮したろうなあと。

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伊予鉄バス,地面型,擁壁

バス停探しがこんなに難しいだなんて

松瀬川線のある東温市に着いたのはお昼時、国道からの分かれ道を曲がって一向に行けども行けどもバス停らしき影がない。
事前のグーグルストリートビュー予習でも大真面目に見つからず、現地に行けばわかるのではと挑んでみたのだが…


この辺なはずなんですよ!!
しばらく周辺を捜索すると…

バス停待機用に道が広がってるような気配が感じられる道路形状は怪しい。
そこに着目してみると、民家の石垣上に何かが見えてきた。

同行した嫁が絶句。
「これは、間違い探しか何かの一種?」

このフォルム、大分交通樋桶山線の舞野を彷彿とさせている。

伊予鉄バスの松瀬川線はフリー乗降路線なのだそう。バス停意味あるんだろうかな、どうなんだろうか。

バス停の名前、全然わからんじゃないか…当日結局わからぬまま。
時刻表の右下に書いてあったのを後日になって確認。
久々にハードなバス停探索が味わえたのであった。

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御笠自治会バス,地面型,小屋型

新ジャンル「床バス停」誕生


筑紫野市の1-2柚須原線。
二日市から米の山峠を越えて飯塚に抜ける県道は、地元民にはかなり重宝されている峠道だ。
かつてはこの柚須原・本導寺の沢の入り口にあり団地の造成も行われた集落・吉木までの区間便がそこそこ本数を擁しており、まあまあの山間集落があった本導寺折り返しもそんなに少ないものではなかった記憶がある。
しかし過疎化の末、この末端部は筑紫野バス移管ののち御笠時自治会バスというコミバスに移管されてしまっている。

待合室はその西鉄運行時から残っている。このそばに柱が立っていたのだが…

一応、今も御笠自治会バスが走らせているというアナウンスは、筑紫野市のサイトで確認できる。
ただ少しおかしく思うところがあって。

指し示しているところ、思いっきり脇道に入り込んだ場所で。
西鉄バス時代はこの筑紫野筑穂線から全くブレることはなかったし。

だいたいその場所まで行ってみたんですよ…

…え?これ!?

「吹けば飛ぶタイプのバス停」


マジなのである。足元にあったこれがどうもバス停らしいのだ。
家に帰って画像編集ソフトを使ってみたら名前「大石」が浮かび上がってきた。
これがバス停本体である。

これはほかの地域で見つけた同じ御笠自治会バスのバス停。
基本的に時刻表はない(例外はある)。

一応上下線とあるっぽい…のだが。

上り線のほうは、どこかに飛んで行ってしまっていた。
これは流石にメ●●リに売っても買い手はつくまい…

ただの薄汚れたシールやで!!

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意外にストリートビューの方が確認できてる!!