昭和バス

20051211.jpg このダムは、なんの役に立つんだろうか。下流の広々と広がる農地のためになるんだろうな。

 自分はエコロジストでも思想家でもなんでもなく、その是非については全く興味はないんだが、ともかくダム堤防の工事、付近の付け替え道路の道路工 事、工事、工事。その騒音の真下、おそらくかつて集落があったところに立ち並ぶ工事事務所のプレハブ群のすぐ近くに、引き払うのはおそらく最後ということ であろう古めかしい平屋建ての保育園がありました。

 保育園の庭の横には工事用の防護フェンスがあり、たくさんの動物の絵が並んでいて工事関係者の粋な計らいを見ることが出来ました。しかし、その風 景もおそらくその工事が終わればその保育園もいっしょに、水の底。このバス停からちょっといったところにある古い石造りアーチ橋(現役道路、しかもバス通 り!)も、もちろん一緒に。

 そんなことを考えるとまたこの文章の冒頭に書いた「このダムは、なんの役に立つんだろう?」という思いがよぎったりするのですが、まあそこまでの 有象無象を水底に飲み込んでおいて、何の役にも立たないものを人間が作るわけないじゃないですか、と信じてあげようじゃないですか。性善説と取るか、皮肉 と取るかはご自由に。
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西鉄バス・福岡市内

20051121.jpg 田舎のバス停につきものといえば細い道、そしてなんといっても神社だろう。この二つがあればバス停の風情はぐっと上がるというもの。横には鄙びた、だけ れど人の気配は絶えない雑貨屋。向こうに見えるのは、小さな平屋建て(!)の小学校。手作りの、特産物売りの看板。そして人懐こいその町の住人たち・・・

 とかいろいろ書いておきながらこのバス停が凄いのは、上記の文章の半分以上が嘘な上に福岡博多の中心、博多駅交通センターターミナルからわずか7個しか離れていないバス停なんだよね!

 前近代的な路線がなぜかここにぽっかりと生き残ってる、そんな不思議なバス停。このバス通りは実は半端じゃなく交通量が多く、撮るのに苦労しまし たよ。バス自体は、一時間に1~2本程度でしょうか。戦前から続く由緒正しい路線です。

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西鉄バス・福岡市内


福岡には75年まで市内電車が走っていて、実際自分の年齢くらいが市内電車を記憶できているぎりぎりと存じます。現にワタクシには渡辺通一丁目電停から 数駅を乗ったという記憶がおぼろげにあるだけです。チンチン鳴らなくて幼い自分は非常に不満だったのをよく覚えています。

市内電車の線路はほとんど、道路の真ん中を走るもの。しかし一部は専用軌道といって、通常の電車のように線路のみの場所(と書くとなんか変な表現 だよね)を通ることもあるわけで。で、そんな線路がなくなったあとその場所はどうなるか。多くはさすがに細長い土地だけ残っても・・・とばかりに放置され たり、区画整理でつぶされたり、公園になったり幅を広げられて道路になったりと、まあ福岡市内線でもさまざま。

そんな中で福岡市の東西を結んでいた、姪浜~九大前を結んでいた市内貫線の千代町~箱崎宮までの専用軌道は、バス専用道路として転用されているの です。現在はこの馬出通りのちょっと手前と箱崎までのみですが、バスが来ないと替わらない信号機とか、知らないとわからないけど面白い仕掛けがたくさん あったりします。

線路をそのまま専用道路にしたということで、この馬出通のバス停、市電の電停がそのまんま残ってあるバス停なんですね、実は。よく見ると路面電車用のプラットホームをそのまま使っているんですよ。おそらく、福岡市内電車の最後の生き証人と思われるこのバス停。いつまでも残っていてほしいものであります。

昭和バス

VFSH0082.JPG 時折山の奥の集落なんかに行くと、「そこまでして」という気持ちに駆られることがある。そこまでしてこの地に分け入って、そこまでしてヒトの生きる場所へとこの地を開け拓き、踏み均して来たのか。

 バスはもちろん、その人々の足跡を丁寧に辿っていくものでありますから、これでもかこれでもかと続く急な上り坂の両脇の、斜面にへばりつく家々、そして茶畑や果樹園といったヒトの作ったものの真ん中を突っ切っていきます。

 で、着いた先がここさな。

 帰りにすれ違ったバスの行き先方向幕には「博多屋敷」。そりゃあ、紛らわしいもんなあ、博多。そういわれれば福岡市内には「博多」という名前のバ ス停はないので(「博多○○」とかならいくらでもある)、「バスで博多に行きたい」と意思表示をしたことがある方、ぜひとも責任を持ってこのバス停にたど り着いていただきたい。平日5本、土日でも2~3本ほどある親切設計ダイヤですよ。

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昭和バス

VFSH0104.JPG 汝、西へ向かえ!

 とばかりにお供のサンドラを引き連れてぐんぐんと西へと向かった俺。いや、サンドラとかそんなのはいないから、マジで。思い立ったが最後、ひたすらに海を見たさに西へと向かって向かって向かった先に、右折すれば星賀との標識。

 「星野・・・星払ときて・・・次は星賀?」

 なんとなく今回のフィールドワークのテーマは「海」だったおれ。どんより雲も何のその、いくつかのバス停を(多分後々公開)収めてもう帰ろうと 思っていた矢先に見つけたその矢印標識に、なにかひらめいた。西へ、西へ。半島の尾根上を道路は走り、港を見つけるやいなや急にうねるような下り坂を展開 する。そんなヘアピンカーブ沿いに少しずつ家が並び始め、次第に増え、長い下り坂の終わりごろにはもう港の集落。漁村の家並みは道路に向かってぎっしりと 立ち並んでいて、家々の軒下をかすめるようにバスは突き進んでいき・・・。

 かくて、終点は西の最果て。ここから先は海!

 夕間暮れの最果ての岸壁には、おばあちゃんと子供が釣りをしていました。写真を撮っている間、おばあちゃんは子供に「もう帰りんしゃい」と促してるご様子。釣りに夢中の孫は不機嫌そうにノーの意思。するとおばあちゃん、

 「そろそろバスが来るけんあぶなかよ、帰らんね」

 ほほえましい気持ちになりながらここをあとにし、元来た道をたどっていたらそのバスと5分後に港の上のヘアピンカーブですれ違った。もう、帰っただろうかな。

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白石町コミュニティバス

b5215f56.jpeg ・・・で、どっちがピョンタなんだ?

 たまにはこんなおもしろバス停ってのもいいかな、って感じののんきなバス停。ムツゴロウがのたのたとしているのを楽しめる、干潟脇のムツゴロウ公 園の前にあるバス停・・・なはずなんだが、海岸へ降りるとその日はイマイチムツゴロウの入り(というのか)が悪く、なんだか看板倒れじゃね?って感じでし た。

 しかし、ピョンタはこの写真方向の真後ろにある物産店の名前だったのでした。黒豆の枝豆が山のような量で150円で、オドロキ。

日田バス,民家型


道路は生き物。ゆえに流れの悪くなった道路は打ち捨てられ、やがて人の流れが絶えて枯れ行く運命なのですがまさにそういうバス停。

このバス停は橋が掛け替わって、川の向こうを国道が走るようになった場所。バス停自体はその国道と、川向こうの新道たる国道がかつて担っていた、 別方向へと結ぶ幹線の県道との分岐点に存在していたようで、橋の袂にあるでっかい三つ角と大きな標識。峠の茶屋然とした商店の軒先には「乗合自動車待合 所」・・・。

と、想像を張り巡らせるくらいしか出来ない、人っけの全くないバス停にはプレートも標柱もなく、二度と開くことのない峠の茶屋の商店の木戸には無 粋な、エクセル出力のバス時刻表が貼り付けてあるだけ。ぶつ切りになった橋の向こうには物産店などが並びにぎやかな気配。こちらから聴こえてくるのは木々 のざわめきだけ…

堀川バス

89a1e74b.jpeg堀川バスという、小さなバス会社の持つ星野村線の一日一往復の迂回線。

 こんな路線に乗ろうというのは野暮だろう。地元の学生のために残しました、といわんばかりの早朝と夕方設定のダイヤ。バスってのは公共物なので、たかだか眺めるのが好きな好事家なんかが上がりこんでゴメイワクになってしまってはいけない。

 星野村の特徴はもう風光明媚、だが人はいない。これに尽きる稀有な村だと思う。お世辞ではなく本当に。ゆえにバス停の写真ももうむちゃくちゃ撮っ てしまって、一週間に一辺ひとつづつやってもおっつかないくらいな上にまだまだ撮り残しがあるというくらいなのだが、この迂回線のバス車窓から眺められる であろう風景たるや。

 青々とした茶畑、広がる棚田。真ん中を流れる清流。これ以上に何があるかという日本の原風景にうっとりしてほしいのだけど、そのバスに乗れるのは地元の人々だけでよいのです。宝石というのはガラスケースの向こうにあって、眺めるものだと思っているのです。

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日田バス


バス停の標柱というのは道路交通法的には常識的な範囲内で別段、特に規制はないようです。高さが何センチ、厚さが何センチ以内といった規制もなければその逆に、こんな例もあるのよね。

ここは大分県日田市(旧前津江村)の最果ての終点、バスが入り込む隙間もないような隘路としか言いようがない場所もバスは容赦なく入り込んでやってくる、そして終点はよくわからない柱にぶら下げられたプレート。そしてやってきたバスが突っ込む一言は、こうだ。

「時刻表はどこだ!」

ひょっとしたら訪問者はそのバス以外来そうにない日もありそうなここに、そんなものいらないのかもしれない。

白石町コミュニティバス

VFSH0034.JPG マップ・トラベラーだと「このバス停どうなってんだ?」的な名前のバス停に行ってみたい衝動に駆られるバス停の一つや二つがあるだろう。佐賀県の南のほうにあるこのバス停なんて極北で、何せ海側の干拓地に向かって行く枝線の終点三つのバス停名が

 「1B」「2A」「2B」

 である。手抜きとばかりにおなめになっておられるのか、それともそもそもそういう土地であり公用語が英語のアメリカンな場所なのか。で、相当以前 に確かめに行った事があるのだが写真には収めていない、近くまで来たし行ってみるか、そんなこんなで行ってみたらば嫌な予感。どうも自治体によるコミュニ ティーバスに運営を転換されているじゃないか。

 こうなると珍妙だったり、自体にそぐわなかったりするバス停は大抵改称されてしまうのである。いくつそういう味のあるバス停がなくなったことか・・・と思い終点「2B」に到達してみると。錆びた標柱に「2B」という力強い文字が入った標柱は真新しいものに変わってしまっていて、そうして嫌な予感は的中していた。しかも、より珍妙な方向に。

 「5B」

 増えてるよ!

 ちなみにバス停名の由来は多分、新しい干拓地で細かい地名がないからじゃないでしょうかね。想像で物言ってますが、それほど整然とした比較的新しい区画地でした。

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