全但バス,軒下吊り下げ


焼肉はいいぞ!

それはともかく、全但バスの待合室って結構「青」が目立つものが多いです。
イメージカラーなのか、日本海の青なのかな。
田園地帯の真ん中に水色の建物が、というのも他にあったりして。

それにしても広告がでかい。そば文化圏なのかそば屋さんが多いです。

広告がでかいということは効果が見込まれてるということで、この辺のバス停って生きてんだなあと。この辺、大分あたりと違う印象持ちます。日田バスの国道沿い線のこういうバス停あるんだけど、2往復だったりするしねえ・・・。ここは10往復くらいあります。

鮮やかな青に目が惹かれがちだけど、他地方の人はバス停とは気付くかは控えめな名板。まあ、道路沿いにこんな派手な待合小屋があったら店かバス停かってすぐわかるわな!!

大野竹田バス,軒下吊り下げ


道の狭さでわかっていただきたいのでありますが、このバス停を発見する前、地元のゴミ回収車の後ろについてしまいました。ゴミ収集車、スピード出しませんよね。追い抜き譲ってもらいました。
で、考えたらバス停の写真撮るときってごみ収集箱の近くが多い。どう考えても邪魔になるやん!!追い抜いた直後このバス停見かけたとき、俺は思った。
「仕方ない、これは終点まで行って終点から順繰りで写真撮ろう・・・」

色々見てきたけど、ここまで斜面に埋もれた感のある小屋バス停は少し珍しい。

ベンチというよりここでくつろぐのは野球場の芝生スタンドみたいなものでは?

確かにベンチ的なものも埋もれておるし。

ところで、その肝心のゴミ収集車ですが結局帰り道は出会えませんでした。どこいったんだろう…。

大分交通・大交北部バス,軒下吊り下げ

このバス停、なかなかにいい条件が揃っていて。とても恵まれている。

こーんな立派な国道沿いだし、生活道路だし、日田と中津を結ぶ国道の真ん中。ローカル線だけど特急含めて10往復強バスが走ってるのは健闘している部類じゃないでしょうか。

そんな生きてるバス停であり、おそらく最古様式のバス看板が現役でどーんと飾ってある物持ちのいいバス停。
うっすら名前が見える「割子谷」とは…。

大昔(昭和40年代)は小河内までの支線になっていたそうで、 どうやらバス停自体は国道開通時に作られたもののよう。

大分のバス停を巡って、本当にわかった事がある。
彼らは他に比べて人一倍、本当に物持ちがいい。誇ってよい話なんだと思います。

とはいえ兵庫の全但バスも凄いけどね・・・。

あ、そうそうそのみやじゅうさんから
「ワイ住んでるのどっちかというと奈良に近い大阪なんやけど奈良の軒下のバス停写真いる?」
わわわわ!!もう一つの本場じゃねえか!!!

乞うご期待!!

全但バス,軒下吊り下げ


バス停小屋を探しているとこの上の写真のように一見バス停小屋かな?と思わせといて
「あー、お堂のほうかー!」
ってなる事がある。
というかこれはあるある。何度騙されたか!!

もうだったら最初から一緒にしちゃわね?

という発想なのかは知らないんですがまあ本当に一緒になってます。有難い反面、なんとなくかたじけない気持ちも半分…。

ここ、結構本数が多くて9往復出てます。千客万来、ありがたや~。

意外かもしれないんですが大分は待合室とお堂が一緒になってるのは見かけた事がないなあ…。
お堂はないけど、地蔵や石仏に寄り添っているのは結構見かけたのですが。

夫婦岩(国東市)

殿町(日田市)
県民性かなあ。

大野竹田バス,軒下吊り下げ

巨大道路構造物+バス停の組み合わせは卑怯なんである。

もうこの一角に入る直前から凄いの出てくるのは、予測できてた。

なもので、どの角度から撮っても

どの角度から撮っても

どの角度から撮っても

美しいのは当然だし、たまたまいい感じで柿が下がってた。渋そうですなー(※余計なこと言わない)

トンネルの向こう側から来るとまた美しくて。大分って、地質のこともあり断崖絶壁が非常に多い。なのでこんな大掛かりなモルタル吹き付けの壁がいたるところにあります。いや、こういった斜面自体のスケールが、本当にでかい。

このトンネル素掘りじゃないよね?

そしてそこを抜けると

うーん、やっぱり美しい。


この日の取材旅行で一二を争う感動だったこのバス停。大分には、ととろが待ってそうなバス停はまだまだこんなにいっぱいあるんです。美しかった。ただただ美しかった。

西鉄バス・筑豊,小屋型


バス停小屋の維持管理というのは
大分「古いものを大事に」
福岡「スクラップ&ビルド」もしくは「徹底放置」
と県民性が見事に分かれるところだなあと思うわけですが、ここはもう大事に大事に徹底放置されてる感がいつもします。変な日本語かもしれないが行けば理由がわかる。

社宅、いっぱいあったんだろうな~。

農村の地名由来みたいな名前ですが、元炭鉱街の社宅の真ん中のバス停といった風情です。

もと商店だったのか。

中、スゲエ落書きだらけです。これも県民性なのかなー。まあ学生感丸出しで、いい感じですけれど。それも味か。
HDD掘ってたらもっと昔のも出てきました。ガラケー時代に撮ったやつかなー。

まあ、変わらないといえば変わらないか。

太宰府市コミュニティ・まほろば号,小屋型


近所のコミュバス、内山線。古めかしい立派な待合室とベンチと広い折り返しを備えてます。
よくある光景・・・何だけど。

どこもおかしくないんだけど、実はこのバス停できたのは平成。しかも、西鉄もバスを通していなかった。

終点の貫禄は昭和っぽいんだが、不思議だ・・・。
まあ、ネタばらしになりますと実はここ、路線は開通してなかったけど、正月になると毎年太宰府天満宮の裏手から無料バスが正月出てた場所。竈門神社と宝満山という山の登山口がある観光スポットです。

思えば正月になると毎年前嫁とここに初詣に行ったものでした。
なんだかんだでバス停と故人、思い出は尽きません。散策旅行に厭な顔一つせずついてきたカミさん。当然ご当地の美味い飯やめぐりがついてくるからで。
実は写真の中のどれかに写ってます。クリスマスイブなんで。こんなブログでも、思い出に浸りたいのよ。
まあ今嫁もバス停散策に付き合ってくれるからいっか…。

(追記)
2019年ごろから内山のある竈門神社、アニメ「鬼滅の刃」効果で時期によっては恐ろしく混むことがあり、下手したらバス運休もあるそうです。
まだ付き合いのある太宰府のメガネ屋のお兄さんが言ってた!!

日田バス,小屋型


日田バスの時刻表で見ても道路地図で見ても目立つバス停。
ヒゲ線の折り返し終点のバス停です。

どうしてこんなに窮屈に写すのか。バス停の銘板はどこにあるのか。いろいろ考えることはあるのですが、ここはとってもスペースが狭いのです。

なんてったって、車止めるスペースがない。取材時間もおのずと限られると言うものなんです。

皿山線、2016年までは結構本数もあったもんなんやな…。
今は全便今村折り返しになっているけど、初めて日田バスセンター行ったとき、90年代後半くらいに貰った時刻表では一部便のみ今村だったような朧げな記憶が、これは間違ってるかもしれないが。

よく見ると軒下のとこに名盤用の錆びた金具がついてて、これ外れて飛んで行ったタイプかね…。
バスがここをどうやって折り返すかを知りたいと思ってた時期もありましたが、実はちょっと奥に行ったとこの民家裏に折り返し場があります。

大野竹田バス,壁型,小屋型,崩壊系,終点

こんな不条理なバス停はない。
最初の印象はそれだったし、「バス停の概念の解体」とも思えた。
もつ鍋がにらとキャベツともつの三身一体で成り立っているように(※例えがわかりづらいです)、バス停もバス停名板・時刻表・待合スペースで成り立っているのが普通なのだが、どれもこれもねじくれている。

まずこの状況である。なおここが終点。あの車庫前広場の横はすぐに谷になっていて、ここでぎりぎり折り返せる、というスペース。時刻表と待合室が手前にあるが…

なんか思いっきり人んちの倉庫の一角。

問題は名板のほうである。どっちに貼っているんだ。
そりゃ、ここは終点だし名前を気にする人もいないとは思う。
しかしたとえば山歩きの人で道に迷ってこのバス停を探しに来た人がいたとしたら。この時刻表と銘板が離れた状況を見て、「果たしてやっているのか?」と思うに違いない。


事態をややこしくしているのが彼である。
「僕が本物の河面バス停だよ!!」
然と立っているが、これは平行路線の別路線のバス停である。だまされてはいけない。
 
そう、立派な方が週2本しか運行してなかったりするのだ。

ここは友人のブログで「極上の壁バス停」と絶賛されていたが、極上とか絶賛どころじゃない。存在とは?概念とは?何よりバスで行こうが車で行こうが到達したときの達成感は半端ない。最高です。

大分バス(佐伯地区),軒下吊り下げ


このバス停は大分県のバス停を象徴するバス停だと思う。
偶々同名だったアニメのキャラクター看板が、何者かによって善意で置かれるという出来事からすべてが始まったこのバス停の観光地化。
それもあったのか、長大かつ過疎路線でありながら廃止を免れ続けた木浦鉱山線は昨年、廃止と相成ってしまった。…なもので、コミュニティバスのバス停とレプリカ的に移設されたものが対岸に建っています。

観光地化に到るまでこのバス停はメディアに取り上げられ、色々な貴重な証言を残すことになる。
「バス停の設置には待合スペースを作る必要があった」ということで。現在以上に厳しい条件だったのでは。

このバス停は偶然にも「ととろ」。漢字表記では「轟」。

今は公園の一角に立っているので「あの映画」感は薄れてしまっています。
まあ大分県のこの辺にはそういうバス停はうじゃうじゃあるから問題ない。

それにしても、本当にここに到達するまでが凄まじかった!!
これは実際に行ったものじゃないとわからない感覚だと思う。メジャーなバス停と侮るなかれ。
「ととろみたいなバス停?いくらでもあるよ!」
とかおれは一度も思った事がない、いつか行ってみたかった聖地だった。
このバス停がちゃんと生きているうちには到達を果たせなかったけど、ようやく巡礼を果たせたと思っています。